観客をつくり出す映像表現を-日本映画の現状と展望について土本典昭監督に聞く 「すくらむ」 12月号
”主流”になれない映画作家たち
ー記録映画の作家という立場から、日本映画の現状をどう見ておられますか?
土本 ぼくや小川伸介くんらが、戦後の日本で自主製作としての記録映画をはじめて手がけたとされているのですが、ぼく自身に関していえば、いわゆる映画青年ではなかったので、ちょうど仕事をはじめた昭和二十八年から三十年というのが、テレビのはじまりと重なったこともあって、映像を通じた表現というものをテレビに期待した一時期がありました。しかし、テレビの映像というものは、結局はテレビ局に管理された情報でしかない。たまにいい仕事がきても、それは例外的な条件でたまたまそういう仕事ができたということにすぎない。とても真実の表現というものに応えうる媒体ではない。そういうことから、自分で記録映画をつくるという道を選んだのです。
そういう立場から日本映画の現状をみるとき、ぼくらの友人の仕事や生き方、暮らしぶりから推測するほかないんですが、映画を単なる娯楽としてではなく、映画を通じて何かものを考えようとする作家たち、例えば、大島渚や黒木和雄、東陽一や吉田喜重といった人たちは絶対に日本映画の中で主流になれないですね。辛うじてがんばっている大島渚にしても、何年も映画がとれなくて、やっとフランスの資本でとれてるという状態ですね。配給の面からいっても、全国に七館あったATG(アート・シアター・ギルド=一般館の上映には不向きの芸術的映画の上映のためつくられた東宝系の配給組織)が次々とつぶれて、今や東京に一~二館というだけになってしまった。資金の面でも世界の大勢として新人の登場のための基金が設けられている現状の中で、日本では文化庁のわずか一千万円というワクしかない。
正直にいってぼくの友人の映画作家たちはいつになったら映画がつくれるのか見当がつかない。せっかくあたためた素材が遅くなって製作のタイミングを失なったりしているのです。会社から与えられる仕事といえば、娯楽作品でしかなく、娯楽作品を通じて自分を飛び越えろ、自分の考えを娯楽のオブラートにつつんでつくってみろとしかいわれない。そんなものではつくれないということで結局は仕事がないという状態にあります。
そういう状況のアンチ(反対)として、角川映画などがあるのですが、これは徹底して娯楽作品として、映画資本の商品としてつくられている。ぼくらが積み上げてきた映画に対する考え方という点からみると、こういう映画は、外国の映画と同じようなぼくらの手の届かない別の世界というしかない。
ぼくの友人たちも、何とか商業映画のワク内で、青年たちに少しでも良い映画をとずい分長いこと苦闘してきたのですが、どうも結論としては、自分たちの映画で自分たちの観客をつくっていくしかないということのようですね。映画の観客というのは潜在的にあるというものではなく、いい映画を通じて新たにつくっていくものだということです。まあ、これがこれまで映画づくりをやってきてのややヤケクソ的なはらの決め方ということになりますね。
いっしょに見てみんなで話し合おう
-しかし現実には、ほとんどの映画は商業的な娯楽映画としてつくられているわけです。観客もまたそういう映画を見ているのだと思います。娯楽としての映画をどういうふうに考えたらよいのでしょうか?
土本 ぼく自身、仕事で疲れて帰って来てテレビを見るとき、カタイものは見ませんよ。バカバカしいと分ってても、娯楽的な番組を見てる。人間には、そんな笑いも必要なわけで、メシの一種みたいなものでしょう。ところがテレビは全部をそういうもので埋めてしまおうというわけでしょう。
そこが問題ですね。娯楽映画というのは、たしかに社会的な欲求があってつくられているわけで、その中でも人々は、ちゃんと選んで見ているし、中味についの評価もしていると思います。だから娯楽映画がみんないけないのではなく、やはり、時代性を呼吸しているようなもの、人間的な共感を呼べるものをどうつくっていくのか問われているのだと思います。商業映画のワク内で、たえず新しいものと追い立てられながら、良心的な映画作家の手によって人の一生の記憶に残るような作品が生まれる可能性はないではない。
映画を見る見方として望ましいのは、映画を見に行くということは、家でテレビのチャンネルをひねるのとはちがって、足を運んで金を払って見るという、よりポジティブ(積極的)な行為なのですから、さらに一歩すすめて、みんなで一緒に見る、見てからみんなで話し合うということをやってもらいたいですね。
最近、若い人の間で、ただ流行で見るというのでほなく、特定の作家のものを系統的に見て行く、あるいはある傾向のものを集中的に見るというふうに、見方が選択的になり、同時に幅が拡がっているというのはいいことだと思います。
-そういう状況の中で、商業資本に規制されないで映画をつくるという自主製作・自主上映という仕事はどういう意味を持っているのでしょうか。
土本 現在、何の苦労もしないで洗されている情報というものは、端的にいって、流されるべくして流されている情報にすぎないと思います。三里塚にしても水俣にしても、量としてはかなりの情報が流されているのだけれども、かんじんの真実というものは知らされていない。そういう隠された真実というものを表現できたとき、自主製作の映画はかなりの人々の心をつかむことができる。またそういう映画を持って歩こうという人が出てきます。
その場合あくまでも大切なのは、その映画の質であって、タテマエとしてのテーマではない。単に、農民問題、公害問題をテーマとして扱うだけでは、人は集まらないし、心はつかめない。単なる情報であればテレビであふれているわけだし、そんなありふれた情報ではない映像表現を通じて、人々が自からの体験や意思やをぶっつけ合う共通の場がつくれるのです。
エロスと政治表現の解放を!
-自主製作の映画の問題も含めて、今後の日本映画の展望についてどうお考えでしょうか?
土本 一つは、エロスの解放というのが日本映画ではできていませんから、ポルノという呼び方は正確ではありませんが、エロスの表現というものが拡がっていくだろうということ、今一つは、政治(表現)の解放という問題も未開拓のまま残されていますからこの分野もこれから描かれていかなければならないだろうと思います。
それからこれからの日本映画はアジアとの関連が大きくなってくるだろうと考えています。部分的にはもう始まっているのですが、映画市場の交流とか俳優の交流とか映画資本の立場からのアジアへの進出がもっと本格化するだろうということです。そしてそれは、アジアの経済大国としての日本の企業進出に見合う文化侵略でもあるわけで、資本の立場でのアジア的規模での行動に、民衆の連帯という立場で対抗する運動が必要になってくると思います。アジアにおいて映画を必要としている人々、映像表現を通じて訴えを必要としている人々のために日本の民衆、とりわけ映画作家が何をなしうるかが問われてくるのではないでしょうか。
労働の現場を記録しつづけよう
-土本さんはこれまで水俣を中心に十数年間、記録映画を撮りつつけてこられたわけですが、言い方は変ですが記録映画にこだわってこられたのはどういう理由ですか。
土本 何といってもぼくは記録映画が好きだし、面白いですね。まず記録映画というのは、事実の積み重ねだし、真実の発掘が仕事ですね。さまざまな調査、いろんな人との出会いの中から事実をつかみ出し、浅薄に流された情報のカゲに思わぬ真実を発見していくことは自分自身の驚きでもあり、喜びでもある、そういう生き甲斐ですね。記録というのは、事実の集積ですから、劇映画のようにフィクションで描くというゆうづうはぎかないので、あれこれ苦労するのですが、そのカベを突破したときに記録映画はでき上がるんですね。次に、集団の民主的な共同作業だということ。若い人や中年や、あるいはさまざまな考え方の人が集団で作業するのですが、真実の表現という課題の前には上下はない。ぼくも若い人に教えられることも多い。そして正しい意見が通っていく。また、事実の表現ということから、その作業が自ずと社会的意味をもってくる。社会正義という言葉をふりかざすまでもなく、自分の仕事の意味がやりながら見えてくるのです。こんな仕事はそうザラにありません。さらに、記録の資料的価値です。ぼくは、水俣を撮りつづけて十三年、水俣の映画は十四本になりますが、水俣のある時代のある風景といぅものは、十年もたつと、ぼくのフィルムの中にしかない。
最後に、ぼくの方から提案したいのだけど、八ミリで職場を撮そうということです。これはぼくらプロにはできない、入れないのです。いま全逓の八ミリ運動を指導していますが、三年たつと確実に上達している。八ミリがなければカメラ、カメラがなければテープレコーダー、そういうもので労働の現場を記録しつづける。そういう文化のつくり方、生み出し方を作風としていきたい。そして、いつかそういうものを生かした労働者の記軽映画をつくってみたいと考えています。