書籍「逆境のなかの記録」 水俣から帰って <1975年(昭50)>
 書籍「逆境のなかの記録」 水俣から帰って

 水俣病との縁はまだ切れない。そこにかりに「患者さん」がいようといまいと、彼らをふくめたその他の「人々」や海とのつき合いはまだ私を魅了してつきるところない。いま半年のロケを終えて帰京したところだが、前作で撮りのこしたもの、新たに視野の中心に座をしめてきたものを撮った。一つは医学的側面からのアプローチであり、一つは「不知火海」の自然と魚と人の話である。
 話は飛ぶが、今年に入って天草・御所浦のゴチ網漁でマナガツオを二時間で魚箱百五十、市場おろしで百五十万円かせいだという話をきいた。まさかと思って聞き訊すのだが、やはり漁師一代に何回とはない僥倖であるらしい。群泳するマナガツオがずぽっと網にかかってきたという。百万円、七十万円はざら、少ないもので二十万円は水揚げしたという。カメラがそれを撮るチャンスは再びなかったが、不知火海という内海の漁業はあれこれ心ひかれるものであり、詳細にカメラにおさめた。
 ひとくちにいって、不知火海は湖である。のったりとしたおだやかな内海であり、遠浅の汐のみちひきで変化にとんだ漁法が工夫されている。それは男だけの世界ではない。貝やあおさというのりや、シャコ漁は女の仕事であり、いわゆる「浜遊び」である。干潟のシャコ漁は二時間の引き汐どきの仕事、女ひとりで二キロ三キロは手でとらえる。
 それはシャコと遊んだ先人の智慧から生まれた奇抜なとり方である。すでにとらえたシャコを干潟にあいた丸い穴の奥にひそむシャコめがけて頭からつっとませる。糸ヒモでつながれた仕掛人のシャコはせっせと穴へもぐる。と、巣ごもりのシャコは出てゆけとばかり、頭突きをくり返して二十センチ余の穴をはい上る。それを習字用の太筆で更におびき出し、はさみをとらえてずり出すのである。部落の浜で数十人の女房たちが、笠を手につんつんとシャコとたわむれて、日に千五百円から二千円の日銭をかせぎ、夕餉の卓に料理している。
 これは不知火海の水俣から遠い浜辺の光景である。いま水俣だけにはその漁どりの姿は皆無である。水俣から見れば彼岸の天草での漁は盛大であり豊かである。陽の出と共にさばの餌にくらいつくふぐの群の真上に、夫婦舟が数百隻、海底のふぐの群のただずまいもかくやとばかりむれている。そして日に何万の水揚げをしている。不知火海は死ぬどころか大らかに原始からの魚の匂いにみちた生活を包んでいまもあるのである。
 前作では失われゆく漁民の生活はみたつもりである。しかし今回あらためて不知火海に、内海ゆえの多彩な漁民の生活と腕を見てきた。捲上げ仕事などは機械化もされ力仕事は減った。「漁師ほど楽な仕事はなかでしょ」とはにかんで手の内を見せる漁師の顔は、汚染魚さわぎや工場封鎖のときの殺気と全くちがって自然と魚への信頼感に和み切っているのである。だが、この内海性のゆえにこそ、チッソの水銀は人間に至るまでの食物連鎖をへてのぼりつめたことが更にわかる。これが日本海、太平洋の臨海工業地帯なら外洋にそのまま流され問題は顕然化をまぬがれつづけたであろう。新潟にしても一すじの川の上流で水銀はたれ流された。出るべくして出た人類破壊である。
 熊大の良心的なT教授は、不知火海の回遊魚の水銀保有量(政府発表のもの)をもとにして、たとえ水俣から遠くの浜であれ、魚の摂取量を半分に減らさねばならんと語られた。しかし、半分くって箸をおくということは漁民にとっても、私にとっても不可能である。汚染魚といえ見かけは鮮度もよく、その魚の身は甘味さえある。煮付けにしてもよし、さしみによし、汁によし、どうして半分にしてすませようか。だから、十万人の沿岸漁民、住民を全員他の地へ移住させない限り、この食生活の流れを断つことは出来ない。断乎として喰いつづけ、そして慢性的に水銀を蓄積し、病者となって狂う晩年をむかえるであろう。医学も行政も、この二十年間、チッソ工場一つ潰せずヘドロひとつ処理してこなかった。漁獲禁止区域内の汚染魚を毎日殺しつづけているだけだ。
 しかし、最危険地区で漁師が殺し捨てるべき魚を網から揚げ、目をみはる大物のタコやすずきを手にしたとき、さも自分の漁師の腕であったかのように高々と私たちにかかげ見せる心根が施政者に分るだろうか。そのすずきの二、三本を「一寸喰うだけ」といって、そのまま夕餉にもち帰るのを知っているだろうか? 誰も平和な晩年を送ることがねがっているが、まだ水銀は現役の毒として海にあり、その海の生命力、魚類の生命力ゆえに、海は生きているのだ。不知火の人々は毒を多少くっても、この生命への止みがたい信頼を失う気にならないのである。
 私は毒された海をへめぐって、その毒と共に生きる人々を見た。資本による人工的な環境汚染とはつまるところ人間の類、魚の類への総体的汚染であり、つまり非日常が日常に見える倒錯の光景の世界である。その海とむきあう漁民=患者さん=いまだあらわれざる水銀中毒者の海への熱い思いをくまない限り、医学者や行政者の規制や戒告をこえて病めるエネルギーを蓄えつづけるだろう。