やっぱり出てきた寅さん教育論 『PENGUIN?』 創刊準備号 株式会社 現代企画室 <1983年(昭58)>
 やっぱり出てきた寅さん教育論 「PENGUIN?」 創刊準備号 株式会社 現代企画室

 私は山田洋次の映画『男はつらいよ』シリーズの第一作から二十五、六本は見ている。最近の第三十作『花も嵐も寅次郎』も見た。浮世離れしたお噺を寄席に聞きにいく気分で楽しんでいる。それと、のちにふれるつもりだが山田洋次の趣向だての巧さは格別として、寅さんこと渥美清のファンでもあるからだ。
 今から十八年前、まだテレビの笑劇で知られたばかりの彼を、羽仁進はアフリカの奥地にプレハブ住宅を組み立てにいく職人、つまり主人公に選んだ。私は編集者として、渥美清に編集用ビュアで親しんだ。打ち上げの酒席でお会いしたが、実にはにかみの人で、映画の中の人物より一まわり小さく見えたほどだ。「日の丸を背負わないと何にもできないのですか」とアフリカにひとりゴリラを追う学者(下元勉)にさとされ、それまで現地の人を蔑視し、何かと日本人かぜをふかせ、どつきまわしていた彼が、そのはにかみ笑いをとりもどすことで現地の人にはじめて対等に遇してもらえた。その含羞の角顔が国際的に通用するパスポートであり、天声の素質とプロフェッショナルな演技とが瞬間に転換のきく珍しい俳優として感心したものだ。のちに”寅さん”車寅次郎として登場したとき、まだどこかに自虐をひめたドロドロとしたかげりが濃くあり、その転換をたのしめた。彼の笑みの意味を察するだけのスリルが見る側の想像力に残されていた。その点で、羽仁進にせよ山田洋次にせよ、彼のその素質の魅力に深く託していたことを知らされる。ところで最近は彼のその破顔一笑を今か今かと待つような気持になっている自分に気づく。「いよう!待ってました」と同じタイミングでゲラゲラ笑えるのである。そして寅のなやみも葛藤もとどのつまりは「浮世じゃのう」と相槌をうちながら理解し共感することで終る。浮世ばなれも浮世の話からスタートするしかないのである。

 顔で笑って腹で泣く
 漂泊人生に共感
 
 第一作『男はつらいよ』が発表されたのは一九六九年、思えば東大安田講堂で全共闘が龍城の上討ち死にした年であり、私にひきつけていえば『パルチザン前史』をつくった年でもある。寅さんの流浪性はどこかで身近であった。当時、若者は大学のキャンパスや三里塚やのちの水俣支援の座りこみの場にいけば流浪の身をとどめることができた。管理の枠からはずれた人びとの場がまだ残っていた。それらがひとつひとつ消されていくなかで、寅さんの漂泊人生は当時のアナーキーな心情のもつ架空願望ととなりあわせであった。しかしこの十五年近い歳月の中ですべては変った。変らないのは寅さんと映画のなかの葛飾柴又とだんご屋「とらや」の人びとだけである。時流をこえたわがヒーロー車寅次郎も年をとってきた。
 最近岩波ブックレットの一冊で山田洋次の語りをもとにした『寅さんの教育論』という小冊子がでた。詳説する余裕はないが、山田洋次にとっては、寅さんが実在の人物であるかのような言いまわしになっていることにひっかかった。寅さんの口をかりての教育論が出てくる。たとえば「……寅はこう思っているのではないでしょうか」とか「ある人は寅のことをこういう風に言うのです」といった風である。自分の造った物に対し、このように作者が手放しで客体視できるのは稀有のことである。演出家の語りのテクニックであろうか。
 フランクに語られたこの本によれば、車寅次郎なる人物は渥美清の生いたちからの個人史に深く触発され、いわばその生地をいかす形で風景、場所、場面を設定していったという。「渥美清という素材」と彼は言う。
 落ちこぼれのまま大人になった男、いつも笑いものになり、バカあつかいされながら人びとの心に灯をともす。そんな役割の男、それが渥美であり寅であり、私・山田洋次の描きたかった世界、ということになる。その劇のエピソード、裏話、映画づくりのなかの人間論を通じて「寅さんの教育論」を展開しているこの本の中では、いとも無雑作に渥美清と寅さんとが混同されている。スクリーンの寅さんへの人気をテコに語り出される様々の論がある。落ちこぼれの再発見、弱者・愚者特有のやさしさ。庶民の禁欲志向、「演技」否定、スタッフ重視の創造現場づくり、寅の女性観、忘れられた故郷、父親像論などへと語りつがれ、この本の主題の教育論に焦点がしぼられる。
 そして山田洋次は低声ながら教育者としての自分を「……映画をつくる集団(注・スタッフと俳優たち)の監督は、教室における先生の立場とどこか共通しているのかも知れません」と卒直にのべている。映画にせよ諸表現にせよ政治にせよ、十一はあれ”教育”に関わらないものはない。だがとりわけ山田洋次がその作品の主調音を”教育”としてとりだし、位置づけるとするならば、その点を辿り返さないわけにはいかない。寅さんシリーズは”国民的映画”とよく言われる。山田洋次の低声の意図をはるかに超えて、寅さんの世界を現体制は支持し鼓舞しているのやも知れないからでもある。

 どぶに洛ちても根の
 ある奴が作る映画の娯楽性

 私は『男はつらいよ』シリーズと並行してつくられた同じ山田洋次の『家族』『故郷』『黄色いハンカチ』等をみている。寅さんシリーズにも社会問題が背景に描かれていなかったわけではない。沖縄の基地、過疎地の分教場、都会の夜間中学、身体障害者問題等である。しかし上記の映画ではそれらがより正面にすえて描かれていた。いわば、それが本来の自分の映画世界であると宣言しているかのような格調があった。それは私も作家としてア・ウンの呼吸で分る気がする。廃鉱と流亡、海上生活者の構造的破滅、教育の荒廃、若者論、つまり高度成長という巨きなキャタピラーの下敷きにされた人間と一家の物語である。それらは『男はつらいよ』のもつ観客層をターゲットとして含めるだけの映画的娯楽性をかねそなえつつ、シリアスな杜会派映画として正統性、正攻法をもって描かれ、社会教育的映画としての地位をも獲得した。そしてこれらのテーマは、「寅さん」映画の世界にはとり入れ難いものであったであろう。だが元来、『男はつらいよ』は、それがシリーズとして強打者となる予感をもたれたときから、政治、労働問題、宗教、セックス、そして暴力は意図的に除かれたうえの再スタートではなかったのか。そして更にいえば、それらを禁じ手として、駒を捨てた上で差す名人将棋の芸風を拓こうとしたとすら思えるからだ。
 主人公車寅次郎は漂泊者であり仁侠道のはしくれ、生活の”仮泊港”としてのとらやダンゴ一家があり、妹を母親的な保護者とする奮闘努力のものがたり-その絶好の舞台と道具だてによって、千変万化の浮世ばなれの人情噺が連作されてきた。登場人物、傍役レギュラーの生活と個性はしっかり描きこまれており、もはや変えようがない。そして観客の興味は今回のマドンナとそこでの寅の大車輪とその失恋のプロセス、騒動ごとなのである。それが変ってはならないと作者は固く信じている節がある。その点新作にもかかわらず古典であり常打ち再演であり、盆暮の歳時記的風俗でありえているのだ。やはり見て損はなかったという山田洋次×渥美清の寅印ブランド映画への商人的信用と、衣装=マドンナの客演ぶりに満足すればそれでよい。私もそれだけを楽しみに見られる映画として楽しんでいる。そんな映画をほかにさがせば御存知忠臣蔵ぐらいしかないではないか。だがそれが教育論の副読本のように売り出されると待てよという気にもなる。

 男というものつらいもの
 つぶやきが聞こえる

 私には映画を観てからのあとの、映画館からの帰りかたがある。映画をみるのは現実逃避などと露思わない。現実を逃避する知慧ぐらいは十通り位だれにもあろう。足をはこんで映画をみることは、逆に現実からの逃避をややこしくする。たとえばある種のヤクザ映画を見たあと、新宿のチンピラ風の男を見ては、その”前史”を想像する。差別されつづけた少年時代ではなかったかとか、改めて”殺意”の復権を考えたりすることもある。いわゆるポルノ映画をみても、永遠に女なるものを発見したりする。そうしたある種の思想的惑乱が残るのである。現実世界、現在の心象と映画がクロスし干渉しあう。まして肺活量の大きい映画を見れば打ちのめされる。人生が変るぐらいの力が、まれにだが映画にはある。それは決して物語性のみによるのではなく、俳優の忘れ難い風貌であったり、一くだりのセリフであったり、キイとなる風景によったりする。その映画体験が私にとって映画からの教化といえるものなのだ。
 『男はつらいよ』にはそれが奇妙にない。エンドマークは文字通り「良かった!」である。映画館を一歩出れば惑乱は生理的に過ぎ消えて「見た」という安堵だけが残る。それでいいのだ、それがザ・映画というものだ、そんな真剣な遊び事として映画をつくったのだという先まわりの声も聞える。そうだとするならば、盆暮の病みつきの習慣であって、その一作を選んで見るということでは必ずしもない。
 今回『花も嵐もー』の夢のシーンはしかし渥美清にとって無残であった。ニューヨーク・ダウンタウンのミュージカル仕立ては、沢田研二のために設けられたものだ。かつて夢のシーンは寅次郎の原体験・潜在光景のようなものだった。山田洋次は変身可能である。しかし渥美清の変身は困難をきわめる。『家族』『故郷』などの演技を見ても、あえて寅さん調をセーブしているだけに彼の素材性すら出ていない。もし夢のシーンが山田洋次による寅さんの変身願望への慰留の行為とすれば、「渥美清カワイソウ!」と言う外はない。
 (文中敬称略)