対象に思想を求めるー日本の記録映画が反響をよぶ 「朝日新聞」 10月10日付 芸術欄 朝日新聞社
・日本と欧州の違い
知的なヨーロッパのドキュメンタリーの伝統の中に、日本のドキュメンタリー映画を置いてみるとその異質性と荒々しいまでの現実とのからみあいが、アジア的な情念を含んで人々を衝(う)つのがわかる―。
この夏スウエーデンで開かれた国際環境会議に水俣病患者のつきそいを兼ねて出席、そのあと映画「水俣―患者さんとその世界」を紹介しながらヨーロッパをまわってきた土本典昭監督がパリから送ってきた長文の手紙の書き出しである。
ほぼ同時期、パリに二か月半滞在して最近帰ってきた映画評論家山田宏一氏によると「水俣」の上映を機会に紹介された同監督作品「パルチザン前史」も現地の若手批評家に反響を呼び、大教的な前衛映画誌「カイエ・ド・シネマ」が近く「パルチザン前史」特集号を出す予定だという。
「水俣」に関しては、土本監督の手紙をもう少し引用すると、「この映画を「アジアとその世界」「日本人とその世界」といった見方をすることで、哲学的回心を受けた」という批評もあったそうだ。
なお付け加えておけば、小川紳介監督作品「三里塚・第二砦の人々」(71年)は昨年ドイツのマンハイム国際記録映画祭で大賞を受け、その後ヨーロッパでかなり上映成績を上げている。
この「方法論」においてヨーロッパとラジカルな対立を小川、土本作品への反響は現象的にみれば、時間的、空間的なひろがりにおいて、これまでヨーロッパで高い評価を受けてきた黒沢明、溝口健二、小津安二郎、最近では大島渚らのそれと比ぶべくもないだろう。現象的にみる限り、それはまだまだ小さなものだ。
一般に記録映画は民族性、地域性が強く、言語、風俗の違いが、他国で意思の伝達をはかるのに致命的な障害になるという、ハンディを考慮に入れるとしても、である。
だが、ここでは視点を一回転してみなければならない。日本映画が。小川伸介作品「圧殺の森」(67年)を境に、重大なターニング・ポイントを迎えたということは、すでに日本映画史上ほとんど定まった事実である。以後、映画の商業主義上さまざまな転変をよそに、むしろそれへの着実な浸透力を貯えつつ、小川紳介、土本典昭とそのスタッフを先頭に、あとに続く多くの若手作家たちが、思想的、方法論的に、また何よりも作品の上で、日本映画の中核をなしてきたことは、ほとんど疑えない。されに多少荒っぽくいえば、その中心に小川、土本らの記録映画があったのである。土本、小川作品に対するこんどのヨーロッパでの反響は、日本映画の〝現役の運動〟が、はじめて、ヨーロッパと接触をもったという評価が可能であろう。
この機会に日本の記録映画がいま何を行おうとしているかをさぐることは二重の意味があると思う。一つはヨーロッパで日本の記録映画が衝撃を与えているとすれば、間接的ではあるが日本の現在の記録映画が過去のそれに対して持つ新しさが明確になるであろうこと。もう一つは、この現在の記録映画が、今後それを正統に発展させるか、ないし正統に乗り越えるための不可欠の基盤となるだろうことである。
・「説明」でない映画
ヨーロッパの映画人は、現在の日本の記録映画の何に衝撃を受けたのか。再び土本監督からの手紙を引用してみよう。
「映画が丸ごと持つその「存在感」について、見たというより「会った」というのに近い出会い方について、人々は言葉を一瞬失うようであった」
「(カメラ)対象世界の人々と同じ呼吸しかできないほどの密着に対して、彼らの伝統的な思考が「異質性」をもって相うちあうのである」・映画「水俣」に即していえば、「ただ患者さんの世界からみた話にかぎられ、百科全書を期待しないまでも、知的な見方をする限り、欠落、落丁だらけの記録である。そこのひっかかる限り、それは最後まで氷解しない疑問として残るはずのものである。しかし〝読後感〟としては必ずしもそうではない。人々の映画に突き当たって、その「存在」とその対話をはじめているのだ。…それが実は一番ふかくわかる、いいかえれば見たということになる。」
しかし「存在感」とは実にあいまいな言葉である。現在の日本の記録映画が「存在感」と持つとすれば、それはいかなる思想に裏付けられた「存在感」なのか。はっきりいえることは「パルチザン前史」にしても「水俣」にしても、またすでに四部作までつくられた「三里塚」にしても、学生運動や三里塚闘争の状況〝説明〟をした映画ではないということだ。それはただそこにいる人々を撮っているのだ。
そのことを当然の前提として小川監督はいう。
「貧しい人々、差別されている人々、権力と闘っている人々一般的に言えば権力を持たず、現代の矛盾に、もっとも押しつぶされている人々が激しく人間的なのだ。
何故ならその人たちは、現代の矛盾を武器にすることができず、正に人間的であることによってしか現代の矛盾ときっこうしえないからだ。現代の矛盾が人間の顔をなくしているとき、私はもっとも激しく人間的にある人々の顔をみたい」という。
・シナリオはいらず
小川監督のこの思想は、深いところで作家と対象との関係に百八十度の転回が行われているといえる。ほとんど同じ意味で作家と観客との間でも百八十度の転回が行われている。つまり小川監督の「思想」が映画の現実の方法論となる場合、第一に映される対象は作家の思想伝達のための道具とはなり得ない。逆に対象そのものが思想の目的となっている。 従って、彼の映画においては事前のシナリオや映画の構成は必然的に排除される。説明不足だが、ナレーションを抜き、同時録音に固執すること、コマキレ撮影ではなく、あたう限り長がまわしになることなどは、ほとんど不可欠の方法論となるのである。
また観客との関係でいえば、彼の映画は初めから啓蒙性が排除され、上映方法も興業資本にまかせることはできず、もっと激しく人間的である人々を自らさがしもとめその人たちの手でみずから上映されなければならない。
小川、土本が現在の記録映画運動に対しては〝三里塚〟〝水俣〟などの対象の社会性、政治性といった側面、またその特異な自主映画など外面的な特性で位置づけがおこなわれることがまだまだ多い。半面若手の作家たちからは、小川、土本典昭にたいして、対象べったり主義などという批判も出始めている。しかし、対象の社会性とか上映運動の特異性といった問題にせよ、その方法論によせ、それらの基盤となっている思想への短絡のない透視がなされない限り、正統な発展も正統な乗り越えもむずかしいことになる。
(英)