海=映画であなたの想像力を ー水俣・石垣・下北・海の旅ー 「ざ・ぴ-ぷる」 6/15
質問「海のテーマの作品が多いですね。『水俣』といい、こんどの『海盗り』といい、なんか沖縄の海のことにも興味があるって聞くけど……」
たとえばインタビューのA氏は本題に入る前、あるいはあとの気楽さをねらって訊く。「その海の好きな作家のくせに泳げないんですって?」「魚にはくわしいのですか?」
そういわれると恐縮して小さくなる。水中メガネで水深の浅い磯をのぞくのは好きだが浮き袋がないと怖い。もともと山国育ち(岐阜県)で魚といえばイワシの丸干し、サバの塩漬け、それに塩ジヤケであった。小さいとき、一番おいしいのはシャケの皮だと答えて人から笑われたー。まして海釣りの趣味はない。ロケの合間におかず取りするぐらいだ。だけど、海を好きなのはいつわりではない。幼時舌で覚えた天日をなじませた魚の干肉と皮の味がそれとの風景が重なる。ロケ先で雑魚のサシミとあら煮があれば不足はない。あと0.36リットルほどの焼酎があればどこもわが家に見えてくる。
だから私はテーマは重ったるいものを選んでいるが、腰は軽い。ロケの1日1日は楽しい。人間欲抜きに何で苦労ばかりするものか。だから「一ペん水俣にいらっしゃい、下北の魚もおいしいよ」と「コッチノミズハアマイゾ、アッチノミズハ二ガイゾ」の唱歌よろしくさそうのだが、その真底には自然育ちのままの魚や海草など、海の幸への快楽をみなに分ちたい気持からだ。
水俣から原発問題と二つのテーマを睨んで映画を撮れたらと思う。その深層にはやはり海がある。石垣島の空港問題も、復帰後1ケ月ほどして仕事でおとづれたその島のサンゴ礁の美しさを覚えているからこそ関心をもたないわけにはいかない。「水清クシテ魚棲マズ」のたとえ通り、色あざやかな熱帯魚様の小魚の群れは美しいが、果して漁業だけのなりわいが、あるのだろうか?まず、漁民の町糸満のカツオ漁シイラ漁を知りたいし、古来からの浜のすなどり漁を学びたいと思う。「サンゴ礁から魚が湧く」といわれてもそれが食用に供せるものか、観光用ダイバーの眼の楽しみだけか。
その答えを私に運んできたのは小浜島(石垣より船で1時間)の友人だ。世界中をとヒッピーして帰国、この島に移りすんで、いらい8年、素潜りだけをたよりに素手で、モズク、アコヤ貝などを採って生計をたてている画家のAさん一家である。彼はもぐりで1分近く息を止める特技をもっている。45才だが赤銅色の瘠身で長いひげをたくわえている。
その彼の見る海とは水面下10メートルまでの世界である。そこでとったものを小舟にあげて、島に出来たヤマハ系資本のリゾート・ホテルに売りにいく。1回8千円ほどの水揚げで精一杯だ。その彼がしきりにこの4・5年「いまのうちに沖縄の海を見にこなければ、サンゴ礁はなくなる。」と急を告げるようになった。理くつではない海底の風景からの声だ。「自分の考えでは、小浜島のサトウキビや野菜畑にまくようになった殺虫剤のせいかとばかり思っていたが、どうも赤土の流出らしい。小島を海岸ぞいに観光開発道路がブルドーザーでつくられている。その土砂がサンゴや小動物を埋め殺していくらしい」という。彼が来た頃は小エビやプランクトンが一ぱいおり、それを求めて魚が遊泳して人おじもしなかったという。「楽に喰えると思った」彼が、いまはとなりの西表島まで船足をのばさなければならなくなったという。「だから石垣の空港問題はとり返しのつかない海の破壊になるんだ」と言い切れるのだ。水俣の映画を17年間に11本撮った。海も人も水銀汚染で破壊されたーその1サイクルもまだとり切れていない。まして、重なって生まれているよみがえりのきざしもとれていない。この海全体を分析し、映像で見きわめる仕事が残っている。そこまで試みなければ私たちの「水俣」映画は終らない気がする。水俣の海は教訓の宝庫のはずだからだ。
原子力船「むつ」ははじめ東京湾の横浜新埠頭か、神戸の港に母港がつくられる計画だった。追われ追われてむつ湾大湊(軍港わき)に、更に津軽海峡に放逐された。すべて漁民と魚を食べる市民の危惧と生活の危機感から生まれた”ノウ”ゆえだった。だが原発や再処理工場などは”船”ではない。立地建設されたらその土地で廃炉まで毒を放ちぱなし。しかも子々孫々まで、その”墓守リ”をしなければならない。海が盗られつづけるのは、海の無限の水量を冷却水としてつかう原発の構造そのものにある。冷やしつづけなければ炉心融合=爆発が惹き起されるからだ。
映画『海盗り』は下北半島の話だが、福井や福島に比べたら、まだ海が手つのかずに残されているだけに、何としても守りたいと思う。
「原発の怖さっていっても、私、経験ナイモン」と言う人がいる。「なら原爆も浴びてみるか」である。だから映画を餌に、皆で想像力をみがきっこしてほしいのだ。私も日本の海をその眼で旅をし、報告をつづけたい思いである。(映画監督)