海を盗られるとはどういうことか 「優秀映画」 10月1日号 優秀映画鑑賞会
漁場を失う小漁村の十カ月を描いた『海盗りー下北半島浜関根』が完成した。この取材で私にとってまれな体験を味わった。
第一は、「むつ」をひきうけるかどうか、まだ決まらない時期からカメラが入れたことにより、漁民の日常生活が描けたことだ。たとえば、海をとられる瞬間、むつかしく言えば、母港建設のための漁業権(漁場での操業の権利)の放棄をきめる関根浜漁協臨時総会の議場にカメラをもちこむことができた。本来、テレビや新聞記者もシャットアウトして非公開で進められる総会だが、その一、二カ月まえから継続していた撮影隊へのおもんばかりか、誰も追い出そうとはしなかった。ここで、漁民の本音があるていど知りえたし、カメラにおさめることができた。
第二は、国政府、青森県当局、原子力船研究開発事業団の”海盗りのテクニック”がはっきり見え、これを知るには、いわゆる反対派より、推進派とも賛成派ともいわれる「原子力船引き入れもまたやむなし」と判断した人びとの意見の方がはるかにリアリティがあるものだ。
いわゆる「ゴネ得の漁民側」とか「揺れうごく現地」とかの新聞見出しの裏の事情はどんなものか。一本気の戦う「むつ」母港反対派の心情とともに、同族相争ってまで賛成に加担した漁民の心情も今は撮るべきだというのが私の気持だった。これには漁民が海を売る、売らぬの渦中か、その直後でなければそのこえを聞くのはむつかしい。やがて海を売り、工事が進みだしたら、賛成派の口はかたく閉じられるのが普通である。だが、海を失ったものの痛みは、漁民である以上、同じ重みをもっている。ただ、ひとりひとりの生活ぎりぎりの選択の条件がちがっただけで、同じく権力の被害者に変りはない。
たとえば映画の前半で、推進のために「貧乏なこのむらのために」と暗躍した漁協組合長が、ラストに「もはや国は信用しきれない。母港が『むつ』の墓場になり、核産業の基地の港になるなら、反対する」と百八十度に心境を転じるのをみるとき、組合長すら、傷つき果てた被害者である、敵味方と二つに分けて描写してこなかったことにより、はじめてこの言葉が撮れたと思う。
第三に、下北半島は政治、経済、軍事、文化のうえで、つねに国策の名のもとに、その僻地性をもてあそばれてきたところだ。むつ小川原巨大開発しかり、海峡封鎖の要衝しかり、原発、原子力の集中立地もまたそうである。テレビ等マスコミは精力的に取材したが、いつも当面の焦点のムラ、渦中の人にスポットライトをあててきた、しかし下北は実弾射撃場、対地射爆場、幻の巨大開発と海を盗られつづけてきた負けいくさの年表を刻んでいる。
美しい浜十四キロをそっくり実砲試射場にとられた東通村のある漁協長は、「わしの話を聞きにきた人はこの二十年、あんた方がはじめてだ」といった。マスコミが、声を殺して、恨みを抱いている人びとの所在を見落としたのは焦点の地からはずれた所にいたからである。
僻地とは情報・取材から見放された土地ともいえた。だから受難が集中するのである。どうかこの映画のなかの「下北のひと」にであっていただきたい。きっと原像のような漁民の顔や、はるけくなつかしいムラのひとの面影がいまも生きつづけていることを知ってもらえるだろう。そんな思いでこの作品を作った。