スライド原案 『丸木美術館』“THE MARUKI MUSEUM” <1984年(昭59)>
スライド原案 『丸木美術館』“THE MARUKI MUSEUM”

企画意図

ある作家の作品が、のちのちまで残り続け観られるためには、その原画が一堂に集められることこそ、望ましい。
そのライフ・テーマとライフ・ワークが一貫したものであればあるほど、観るものにとってその系統的な展示の場所に親しみたいと思うに違いない。丸木美術館はそのようなものとして、すでにある。
丸木位里、俊夫妻の「原爆の図」を原点とする反戦、平和を追求しつづけた画業は、ほぼ完全な形で、ひとつの美術館の中に展示されている。
そして、なぜこの美術館が生まれ、存在しているか、その中に何が示され、かたちづくられているかとたどることによって観客は、20世紀の戦争と平和の時代、そしてとりわけ、ヒロシマの原爆の生き証人でもあるふたりの共同作業の意味を知ることができるだろう。

大障壁画のかずかずは文字通り今世紀の戦争と人間のあやまりを、美術、芸術のもつ可能性の限りにおいて描きだしている。『アウシュビッツの図』『水俣の図』『沖縄の図』など、美術館の大きな壁画を得てはじめて描かれたモニュメントである。
それは教会のためでなく、何らかの記念館のためでなく、まして商業的な画館のためではない、ただひたすらに丸木美術館のために描かれた。
1967年に東京西方40キロの都幾川川畔にささやかなスペースでつくられたこの丸木美術館は、その発足の動機から、夫妻の『原爆の図』の画業を、ひとつ場所でみたいという支持者のつよい願いによって作られた。以後20年に近い歳月のなかで、丸木美術館は無名の人びとの手で支えられてきている。

人びとはこの美術館を、あるいは寺のように、あるいは教会のようになじむこととなった。
そこで出会うものは、すべて反戦、平和、人間愛についての強くはげしく、そしていつもの新鮮に思い返す現代の“何ものか”なのである。この堂守りは丸木夫妻であり、祭祀された神々は戦争と人民を虐殺するものによって眠る。数限りない犠牲者たちである。過去のみならず、未来までもの。

この丸木美術館の空間それ自身がひとつの作品である。夫妻の生活の場の宿坊のように簡素である。画房の流々庵とふるい農家、そのどの家にも作品とつながるぬくもりがある。

小さな御堂の中には、ヒロシマをはじめとする犠牲者の霊がまつられ、夫妻の母の遺したことばがかかれている。「ピカは人がおとさな 落ちてこぬ」
この企画は日本でかつて例を見ない空間として形成されてきた丸木美術館をときあかすことで、丸木位理、俊ふたりの画家の仕事と作品を探究しようとするものである。

美術館の作品群はいつくもの系でたどることが出来る。ひとはひとつの系だけで一日を費すにちがいない。だから何度となく、美術館に足をはこぶことになる。
そうしたら鑑賞のいとぐちを見つけるために、この企画は作品の森への案内の役を果たすであろう。そして何よりおふたりの仕事に心よせる人びとは、この美術館の訪問者となって、おのおのの見方で絵と語り合ってほしいのである。

構成意図

①何が物語られているか。絵の対象世界との対面である。絵の対象世界と対面である。主要な原点は『原爆の図』のもつ事業の記録であり、原爆とは何であったかの作者のメッセージを見、感じ、ヒロシマの示す世界を視覚とことばで体験すること。
②原爆から沖縄戦にいたる35年間の画業の一貫性とつながりをたどること。これにみるテーマの貫通性は現代精神としてすでに明確にモニュメントとなっている。
③画業のディテールと変化、表現者としての特質、共同製作の掛け算として厚さ、自己模倣を拒んだ一作品ごとの実験性とこころみ、伝統的水墨画と洋画的技法とのテーマ線上でのむすびつきを解きたい衝動にこたえること。
④絵の旅、世界、日本中への展覧活動、そのときの人とのであいの中で連作の発展、この旅自身がその時代時代を動かすものであった―そしてブラーメンのようにふたりの作品をつき動かしていった。この稀有な運動性と画業のからみあいについて。
⑤以上の画業の個人史をたどることでその総仕事をみるべくつくられた芸術的空間としてに「丸木美術館」を描く。モニュメントとして、これ自体が巨大な作品としてあることを、今日はっきり焼き付ける。

構成案(スライド 駒 分予定)

①プロローグ最近の画業より
大障壁画『南京大虐殺』『アウシュビッツの図』『水俣の図』『沖縄の図』などのある大展示場。そのひとつひとつの主題提示のクローズアップ、そのためのデッサン(小)と壁画の(大)を示すため、にデッサンの描入。すべて人間の(人体)である。群像でもある。

②「丸木美術館」その堂守りたち
都幾川よりのぞむ美術館、初期の規模(資料より)今日のスケール、庭つくりする丸木位里、日常の丸木俊、土人形にかこまれた原爆観音堂(これを朝より夕方に)美術館の正面より夕景の中の全景にタイトル
タイトル
“原爆体験のシンボルとしての『丸木美術館』”

③原爆とは何か三部作全展開
『幽霊』『火』『水』記録と叙事詩としての原点的、ヒロシマ体験。そのディティイルのつみ重ねで描かれたものをこまかく解説する。”原爆は何であったか”ピカから三日目の地獄で推して知るピカ当時のヒロシマ、しかしこれらの絵は三日目の記録からはじまった。夫婦自身放射能の中に生き、生死を分つ体験をしたことを語る(この部分はもっとも長い章となる)

④巡回の旅、観せる旅、人びととの出会い
完成と展示は1950年、占領下であり、原爆報道の禁令下に作品を人びとにみせる…。抵抗としての美術活動、旧い当時のスナップ、人びとは絵の中に何をさがし、何に手でふれようとしてか…”もっと描いてほしい”

⑤多重多層な手法の展開
主題エピソードの深まり語ると共に『虹』『少年少女』『原子野』等にみる日本画と洋画それぞれの手法の上の協同をたどる。『少年少女』についてはその文学性にふれる。
これらの絵が世界中に歩みはじめたことを絵とともにナレーション、加えて当時のスナップ批判と共感の渦をよぶ。手法について更に自覚を深めた。

⑥『竹やぶ』
竹のテーマと人間の結合、竹の生命力と人間の逃げ場としての竹やぶ。自然とひととのからみを描いたユニークな作品性、暗示性、位里さんと『竹』と俊さんの「女と子供」のであう空間としての『竹やぶ』

⑦世界に十部作を歩かせる
水爆体験の時代としての『焼津』反核運動の胎動として『署名』のテーマ。
オーストラリアの人はどうみたか。絵のどこに衝撃をうけたか、”むごたらしい絵”の答のような『母子像』『とうろうながし』アメリカ人のことばに日本人の加害責任を感じ取る。1970年前後、高度成長とともに風化していく原爆体験に抗して、『母子像』『とうろう流し』その感傷性…。

⑧”加害者”
『米兵捕虜の死』『からす』(1971-72)
前作とうって変わって俊さん墨絵の世界で人物を描く。(それはなぜか?)位里さんとの共同制作の厚み、すごさが絵にふきだしてくる。
加害者としての日本人の苦しみをにじませた『米兵捕虜』からすの猛禽性に加害のくちばしを擬した『からす』、この絵でひとつの画想の変革と、つよい自己批評のいとなみをうかがい知ることが出来る。

⑨原爆の図のおさまるところ
丸木美術館内部、巻き軸だった絵は、いま場所をえている。大きな画想をそれや屏風で描いた伝統的な形は、所を得て広く、一望のうちにおさめられた。

⑩”小品”の推積
館内の画室、流々庵にある折々の旅の風景、大作にさきだってのスケッチ、ときに別人を思わせる俊さんのファンタステックな絵、位里さんの風景画、その水墨絵の跡は小品に冴え冴えと見て取れる。

⑪大障壁画の時代
プロローグの絵の大ロングに次いで…。大きな具像と小さな具像がともにかきこまれて、テーマを細分化していく、それを大きな構図が決めていく。
『アウシュビッツの図』『水俣の図』『水俣・原発・三里塚』これらは大きく建て替えられ、つぎたされて巨大化した空間をえてはじめて実現した現代のモニュメントである(水俣の図時代の実作スナップ)その描法も一作一作、新工夫され、絵画性を更に飛躍させている。この『丸木美術館』ですら、充満していささかスキもない。

⑫現代と描く
原爆の図から35年、大障壁画は時代の予感と重なってテーマをいまにもとめて描かれる。『沖縄の図』の過去と現在、人民と天皇制
『水俣・原発・三里塚』の放射能
『水俣の図』の海とひと、生類の死
それらへの告発の衝動をぶちまけた『南京大虐殺の図』

⑬丸木美術館ひとつの作品として
一木1草に宿るもの、風景の中になじんだ美術館のたたずまい。その中にふたりの画家、つどう人びと、(原爆忌)これは現代の寺であり、教会であり、学校であり、集会場であり、時代をみつ場所であり、生き方を問う空間でもある。時代がこの美術館をつくらせずにはおかなかった…。

⑭ヒロシマの丸木美術館
原爆ドームのヒロシマ、ここにある「ひろしまの図」エピローグとして、この立体的なモニュメントをたどって『丸木美術館のあるヒロシマ』を手掛かりに、世界にむけてのひらかれたひろがりの力をもつ丸木夫妻の全仕事のしめくくりとする。

“かたち”以下スライドの構想のポイントについて

A)写真(スライド)による丸木美術館とその全作品との対話風のナレーションで話をはこぶ。作者とは別個に話を進めるため、インタビュー(生の)はない、著作からの引用、ことばとして組みたてる

B)大障壁画を導入部におき、原点としての『原爆の図』から展開していく、その節々に、同時のスナップをおく(国内、国外での展覧会、丸木美術館の草創期など)しかしごく限定する

C)スライドの手法上、絵の全景は主要作品の場合に止め、いくつか省略するが、デテールは全作品を入れるものとしたい。

D)外国語版(海外紹介版)を意識し、大ずかみな輪郭の鮮明さ、平易さと細部のふかみとの交わりがあるものにし、ナレーションで流れと話し方を工夫する

E)音楽はオリジナルで処理する

以上