特別寄稿 「六ヶ所村人間記」によせて 札幌映画祭 <1985年(昭60)>
 特別寄稿 「六ヶ所村人間記」によせて 札幌映画祭

 本来、自分の作品を語るべきでしょう。私の友人の出来立てのホヤホヤの映画「六ヶ所人間記」(白黒2時間50分)について語らせてください。私の「「海盗りー下北半島浜関根」」でも巨大開発の海と山の収奪の跡として少しふれた下北半島の、あの村の人々たちへの訪問を聞き書きふうの映画です。
 企画兼インタビューアは青森育ちの倉岡明子さん。彼女は目下、フランス語の同時通訳だが、前身はアテネフランセ映画講座の“校長さん”(私も先生のひとりだった)。その後、教え子の山邨伸貴君と結婚、わんぱくな玄ちゃん―クランクイン当日二歳―をつれて里帰りのたびにカメラマン小田博―これも教え子―をさそって、もっぱら六ヶ所詣でを三年間。
 厳冬あり、春あり、盛夏あり、時に豪雪に迷う修験者風であり、時に水着であそぶピクニックのファミリー風であり、そこはスタッフというより、旅を好むことでは同じ仲間づれの風情である。ところがこのような映画行動をつうじて六ヶ所村のひとびとの気持をみごとに丸ごとカメラにおさめたのです。
 この撮影風景が珍妙です。ともかく子供は親に見捨てられまいとしょっちゅうカメラのまえをはねまわり、マイクのコードをひき切ろうとする。インタビューの合間に「大人しくしてて、アメかってあげるから」などの声や、つい「コラー玄!」などとおやじ(録音マン)の怒声がとぶ。その子が映画の終り頃、わけ知りの歳になって「ハイカット」などとカメラのはしでふざけているのです。
 ニューファミリーのピクニック・アルバムのような映画だからこそ、ここまで無告の民に十数年の難儀をもたらした開発・核サイクル立地問題を述懐させえたのだと思います。
 つねに商行為に立つTVや、私ごときプロ根性のものには撮れない映画、まだお目にかかったことのない映画です。それでいてドキュメンタリー映画の夏を確実に一枚めくって見せてくれました。紹介したくてならぬものとしてこの機会をかりました。