ドキュメンタリーの未知の処女地に向けて 『土本典昭フィルモグラフイ展』上映用チラシ 12月 Studio200 <1986年(昭61)>
 ドキュメンタリーの未知の処女地に向けて 「土本典昭フィルモグラフイ展」上映用チラシ 12月 Studio200

 いわゆる記録映画で撮れないものが二つあると思う。1.殺傷の現場、2.臨終、絶命の時間、3.男女の営みである。ロボットカメラやセルフタイマーじこみなら撮れるが、そこにはドラマはない。レンズとマイクのメカニズムによる無人格な像が残るだけだ。だからこの三つのシチュエーションはつねに劇にとっての正念場になりうる。なぜ撮れないと思うのか。
 現実に殺傷の場にむきあったとしたら、防ぐか、見守るか、逃走するか、いづれにせよ撮影不能に陥るだろう。又、ひとの絶命の瞬間には私は眼を閉じる。真のセックスに接したら、さまたげたくない。ひとの昇天するような歓喜は私にとっても悦楽であろうからだ。そのあとさきならあるいは撮れよう。ベトナムの戦場で非武装の農民の死をとった仕事には記録的営為のボルテージを見せられる。逆に実写風のポルノグラフイにはその営為に組し得ない。
 あえていえばこの三つのほかの人間世界はドキュメンタリー映画で描き出せるドキュメンタリーは客観的描写だけしかできないものという説があったのかどうか。ドキュメンタリーには未開の処女地が多いと知らされた。その地にひと鍬でも入れたい、そんな思いで新聞記事だけの原発切抜帖を着想した。やりたいことと出来た結果の落差を計るときいつもハングリーな感が残る。
 神を怖れぬ所業ながらフイルモグラフィーを映画講座の軸とする企画のすすめに従った。「何と寡作か」と言ったら、多作と切り返された。そのズレも私には珍妙に思える。ならばこのズレと飢餓感をひきさいていただこうと思う。切れば血の出る映画の場となればと思う。
 ドキュメンタリーの未知の処女地にむけて