『勧進』『死民の道』『実録 公調委』解説 上映会用チラシ 4月14日 杉並記録映画をみる会
-フィルムとトーク-プログラム
『勸進』(1971・昭和46年)佐々木正明ほか・自主作品
この言葉は水俣では「物乞い」「乞食」の意味に使われていた。患者はその勸進すがたで、チッソの幹部の自宅を訪ね歩いた(黒白、24分)
『死民の道』(1972・昭和47年)一之瀬正史、堀傑・自主作品
話し合いによる補償を求めて、チッソ本社前で座り込みにいたった新認定患者たちの、いわゆる自主交渉のレポート(黒白、40分)
『実録・公調委』(1973・昭和48年)土本典昭・青林舎作品
公調委(公害等調整委員会)とは政府の作ったいわば「公害裁判所」。公調委は患者の委任を取り付けるにあたり、印鑑偽造事件などを引き起す(黒白、48分)
(解説)
この三作は『水俣-患者さんとその世界』(1971・昭和46年)の発表以後あいついで作られた。作者は青林舎(元東プロ)や『水俣-患者さんとその世界』のスタッフたちであるが、いずれもはじめてカメラをまわした初心者であった。
製作の背景にはさし迫った運動があった。当時、裁判やチッソ株主総会闘争に立ち上がった水俣病患者の闘いが社会の注目をひく一方、チッソと政府の強いまき返しがさまざまに行われた時期でもあった。
『勸進』は水俣病裁判の法廷におけるチッソ首脳たちの証言のウソや証拠隠しや、水俣病の原因を「腐ったさかなを食べた」といった噂に苦しめられた患者たちが、自分たちで考えだした闘いの記録。『死民の道』は川本輝夫氏ら新しく認定された患者を、補償のうえで極端に低額にしようとはかるチッソに対する、抗議と交渉の記録である。(このレポートのあと、チッソ本社前のテントによる座り込みは一年半続いた)
裁判判決が下される日(1973・昭和48年 3月)が近づくにつれ、チッソ会社は補償問題を政府の調整に託そうとした。公調委は被害者が法律に暗いことを利用し、チッソに従う患者グループ(多数であり「一任派」とよばれる)のボスをあやつり、水俣市役所を動かして、補償をボスに委任するというニセの書類を作らせた。このばくろと抗議の過程をつづったのが『実録・公調委』である。これには患者多発部落の茂道に放置されている「隠れ水俣病患者」が熊本大学の原田正純氏の診察によって発見されるシーンが収められている。
三作とも、ニュース映画のように作られ、上映された。これらは歴史的判決前夜のチッソと患者の死闘の映像として残されている。
(今回の上映にあたっては、映写中にアナウンス解説を付け足します-作者・土本)
*次回予告 『水俣一揆』(白黒・1時間48分)土本典昭・青林舎作品