『水俣一揆』作品解説 上映会用チラシ 5月19日 杉並記録映画をみる会 <1990年(平2)>
 『水俣一揆』作品解説 上映会用チラシ 5月19日 杉並記録映画をみる会 

 『水俣一揆-一生を問う人々』
 
 1973年・青林舎作品(16mm白黒108分)

 (以下は、発表にあたって、プログラムに載せたものですが、当時の上映活動の雰囲気を伝える文章ですので、そのまま転載しました)

 この映画は、昭和48(1973)年 3月20日の「水俣病裁判」判決と、患者さんがその怨みを解き放とうとする瞬間を描いたものです。一切の仲介者をしりぞけ、チッソ東京本社にかけのぼり、その一生を問うて倦むことのない患者さんの闘いの日々のなかから、その根源的な精気の根を見ようとした記録でもあります。
 「人間は何のために生まれてきたち思うか!」繰り返してのその問いに返答できないチッソ首脳の苦悩は、われわれにも伝わる…
 「水俣病にさえかからんばナァ…」のあとに続く元漁民の夢のような幻の一生と、いまの地獄の語りは稀有なまでに雄渾(ゆうこん)な人間の「ことば」でした。
 殺人といえる所業を20余年重ねたチッソの「偉か人」に、人間らしさのかけらを求めて一筋、対話の道を希求する元漁民たちの生きた言葉に、漁民一揆の気魂が聞こえてくる。その激しい言葉のぶつけ合いからたちのぼる人間固有の香気は、患者さんの闘いの匂いであり、その親しくも大らかな体臭は「人間なるもの」を問うてやまないのでした。

 (解説)『水俣-患者さんとその世界』『勸進』『死民の道』に続くこの作品は、水俣病患者家族29世帯の裁判の勝訴でいったん幕を引くかに見えた闘いが、大方の予想に反し、チッソとの直接交渉に発展した動きを追っています。被害者がじかに公害企業(チッソ)の本社に4か月座り込むという闘いは前例が無かった。この闘いによって、裁判の慰謝料とは別に、「その一生を補償する」いわゆる年金制度が確立されたのです。
 「誰の手も借りずにじかに話し合う」という患者さんのこの行動は、判決の前夜に申しあわされ、いっきに熊本から東京へ駆けのぼりました。映画はその患者さんの勢いに圧倒されながら、ただひたすらにその姿を記録したものです。(製作高木隆太郎、撮影大津幸四郎・高岩仁・一之瀬正史、助監督小池征人、録音浅沼幸一、音楽真鍋理一郎ら)