なぜ水俣病は他の病名で処理されてきたか『医学としての水俣病一三部作』第二部 病理・病像篇を語る(講演録) 『くりっぷ』 N0.10 8月18日号 杉並記録映画をみる会
こんばんは、土本典昭です。上映に入る前に一言おことわりします。この映画を撮っている時期に、ゆっくり発病してくる遅発性水俣病とか、長い間少しずつ毒性をとりこんだ為に起きた長期慢性型の水俣病とか、様々な水俣病の形が出てきておりました。その論争の最中にこの映画を撮りましたものですから、いまでははっきりと断定出来ることでも、この映画の中ではちょっと舌足らずになっている点があるかと思います。何故ニセ患者と言われるのか、なぜ水俣病は他の病名で処理されやすいのか、様々のことがこの映画のなかには出ておりますが、説明が少し足りないかもしれないと思うので、私が上映中に言葉を差しはさむことがあると思います。なおフィルムの掛け代えの時を利用しまして、前半のまとめと後半どういうふうに展開していくかを、お話したいと思います。
映画の前半のラストの方で注意して見て頂きたいのは、知覚神経と運動神経の違いということです。それはどういうことかと言いますと、運動は出来るけれども知覚が失なわれているということが、病理的にきれいに解剖されております。体は動いて普通にしているけれども、知覚を奪われて、生活者としては廃人同様だという病理が出ております。それから続いて前半のラストに新潟水俣病の話が出てきます。新潟水俣病の方が水俣病の方が病より研究が進んでいるんです。
住民の一斉検診をしておりましので、病状をはっきりつかまえている・後から発生しただけに詳しくなっております。熊本で水俣病ではないとされている半片麻蝉(かたまひ)という半身麻蝉の症状は、水俣病の症状なんだと新潟では主張しております。そういった熊本と新潟の二箇所で発生しました水俣病が、それぞれに見解が違う不思議な時期の映画です。その点を情報としては出しておりますけれども、上映しながら活弁をさせて頂きますのでよろしくお願い致します。
質問五
今の水俣現地の動きが知りたい。
回答 土本氏
ちょっと簡単にふれておきますと、前回に来て頂いた方はご承知かと思いますけど、緒方正人さんが六月に上京されて、この上映会でもご挨拶をされたんですけど、水俣へ帰られましてから自分の考えである文章を作りました。それは『水俣病 意志の書』(別載)という文章です。その中味というのは、水俣湾に埋立て地が完成したのに引続いて、そこでいろんなイベントをやっていく、2年後には国際環境会議を開くとか、シンボルタワーを作るとか、今年の八月十一日には一万人の合唱をやぞとか、いろいろな計画が次々に出ております。それに対して緒方正人さんが非常に怒っておりまして。
「それは水俣病の幕引きの策謀にあたる。自分としては命をとしても抗議する」という文章を書きまして最後に「やはり埋立て地は水俣病の墓場だ。父を殺した犯行現場である。その埋立て地を何者も人為的な手を加えないで、そのまま永久にそっとそこに位置づかせて欲しい。それによって人々は水俣病を思い出すのではないか。」という非常に肉声のこもったメッセージを書きまして、熊本県の副知事や水俣市長に七月十七日、十八日に提出しました。その結果は新聞にもかなり取り上げられまして、やはり出るべき声が出たという感じて取り扱われておりました。彼はこれからイベントに対して、患者の声の一つとして、自分は自分の主体的な立場において、叫び続けて行こうとしています。大きいところはそういうことでございます。