首都圏TODAY「死ぬまで待てと言うのか」 『東京新聞』 10月29日付
国家犯罪としての水俣病事件
最近、熊本水俣病事件について係争中の裁判で、あいつぎ「和解勧告」が出された。九月二十八日の東京地裁、十月四日の熊本地裁、同月十二日の福岡高栽がそれだ。テレビに写しだされた患者たちの表情は、いく度も見た勝訴の一瞬と重なって来る。だが「和解勧告」であって勝訴ではない。争いの相手であるチッソ、国、県の三者が応じなければ和解は成り立たない。チッソはもとより熊本県もそれに応じたが、国はひとり和解を拒否している。「死ぬまで待てと言うのか」の横断幕を掲げた患者の言うとうり、国はそのつもりなのだ。原告の患者は寿命が尽きても、水俣病担当の官僚は世代交替をしていけば済む。
これまでのいくつもの水俣病裁判判決は、裁判を重ねるごとに、証言を豊かにし、チッソのみならず、行政側の責任を明らかにしてきた。事件発生直後、国はその裁量をもって被害の拡大を防がなかったのみか、チッソ側に立って事件を封殺した事実である。法廷の証言台は水俣病事件史の記録のために存在した観がある。勝訴判決のたびに患者は、いつ死んでもいいやといった顔になり、「裁判をやった甲斐があった」「スカーッとした」と背筋を伸ばすのだ。
今回の一連の和解勧告はそうした判決の累積を下敷きにして出された。仮に最高裁までいこうが、これまでの下級審の積み上げた法理を揺るがせることはできまい。三十数年前、水俣病事件の入り口で、国は犯罪的誤りを犯した。そして現時点でもその挙動は一貫している。ならば、まだ残る裁判、たとえば大阪訴訟で最高裁まで争って見たらいい。国家の最高レベルでの行政と司法の一騎打ちを見ることになろうと思うからだ。