甘夏から世界が見える「水 俣 の 甘 夏」と「水俣病―その30年―」水俣病は埋め立てされる時代なのか 上映会用チラシ 12月 杉並記録映画をみる会
不知火海の入江に富む浦々の海岸線には、「オレンジベルト」とする農政がありました。みかん作りを農政の主体とする、いわゆる単品政策です。それはまた半農半漁で生きてきた人たちにとって、初めての換金商品化政策の浸透でもありました。この映画に登場する水俣病患者家庭果樹同志会は水俣病患者一万数千人のなかの四十八世帯からなる小集団です。海で生きてきた人たちは水俣病事件ゆえに陸に生活を求めざるを得ませんでした。しかし病んだ身体をさらに農薬で傷つけ、また薬を撒いた生産物(みかん)を他人に食べさせる事の矛盾は、水俣病被害者であるゆえに切実でした。同志会は“公害の被害者が加害者になるまい”という決意から出発した集団です。
撮影の途中でこの同志会の基盤を揺るがす事件が突発しました。「除草剤散布」事件です。撮影の中心もこの事件に集中せざるを得ませんでした。「同志会とはなにか」がこの事件で洗い直されました…。自分たちの実践を、公開していく事で、人々とつながろうとした同志会の苦闘は、私たちに貴重なメッセージを与えてくれました(83年の公開時のパンフより)
演出小池征人、撮影一之瀬正史、清水良雄、録音久保田幸雄、解説、伊藤惣一ほか
この映画は水俣病公式確認三十年を機に作られたものです。いくつもの裁判の一審判決は原告である申請患者側の勝訴を見たものの、次々に上告され、その救済はいつの日か分りません。水俣病の申請をした患者も認定審査会で次々に棄却され、かれらに「ニセ患者」といった攻撃が容赦なく浴びせられていました。申請する被害者が一万人を超えるに従い、政府(環境庁)と熊本県当局が前面にたち、加害企業チッソはその後ろに隠れつつ、共に、公然と水俣病問題の幕引きを企てる時代となりました。
製作高木隆太郎、演出土本典昭、撮影清水良雄、録音岡本光司解説伊藤惣一ほか。