民族統一に絞られた映画によるメッセージー宮島義勇の長編記録映画『怒りのこぶしで涙をぬぐえ』を見て 『朝鮮時報』 5月23日付 朝鮮新報社 <1991年(平3)>
 民族統一に絞られた映画によるメッセージー宮島義勇の長編記録映画『怒りのこぶしで涙をぬぐえ』を見て 『朝鮮時報』 5月23日付 朝鮮新報社

 宮島義勇氏が朝鮮民主主義人民共和国で七ヵ月を費やし、持ち帰えられた氏の自主作品『怒りのこぶしで涙をぬぐえ』のオリジナル完成版を、今年、三月初め、小さな試写室で見せていただいた。二時間二十分の大作にもかかわらず、この間、その製作の消息を知らなかっただけに、この映画は私を一挙に朝鮮統一の現実のドラマに惹き入れた。また企画のタイミングの良さに感じ入った。さきのペルシャ湾の戦争と過去の朝鮮戦争とを重ねて見るという、まれにみる映画体験を味わったからだ。
 
 湾岸戦争のあと、アメリカはベトナム戦争敗北の痛手から、再び「力のあるアメリカの時代」、世界の諸紛争の武力解決のリーダーに復帰した。心ある人々は国連軍に名を借りたアメリカ覇権主義の強化を危惧している。日本の掃海艇派遣もその動向に添ったものだ。
 国交回復にむけて急展開しつつある日朝交渉にあたっても、日本政府につきまとうアメリカの影がある。韓国についても、日本のメディアはアメリカの軍事的支配がどのように働いているかをほとんど語らないできた。だが、この映画では南朝鮮の人々がいかにアメリカ軍の核基地化に危機感を抱き、とくに学生、労働者の駐留米軍に対する抵抗が、光州事件以来、いかに激しく闘われているかを、南側のTV映像を交えて克明に描いている。
 アメリカの国旗を燃すというような激烈なシーンも韓国では放映されたようだ。
 反軍事帝国主義の意識なしに、どうして朝鮮の平和的統一があろうか、日朝交渉の日本側担当者もこの映画を見、朝鮮の人々の声を聞くべきだと言いたいほどの重みがある。

 長編記録映画『怒りのこぶしで涙をぬぐえ』は朝鮮戦争の回顧に始まる。膨大な北側の保存フィルムが戦史をもとに再現された。あらためて気づかされるのは、いまだに「停戦下」であって、和平協定すら結ばれていない事だ。南からすれば、北は依然として「敵対国」であり、四十五年に及ぶアメリカの軍事的支配の誇示とも言われるアスパック米韓共同演習、とくに上陸作戦訓練のシーンなどは、湾岸危機当時のそれと全く同じではないか。
 三八度線の唯一の接点、板門店はMPのたむろする観光名所になった。その停戦会議場の基点から東西に伸びる二四〇キロの軍事分界線の全体像はこのフィルムに初めて記録された。非武装地帯の幅四キロ、その境界線の南側に対戦車用と思われるコンクリートの巨大な障壁が、万里の長城のように築かれていた。はるか違い地点から、千ミリの超望遠レンズで辛うじて撮影できたという。それはベルリンの壁よりはるかに実戦を想定して築かれていた。この規模を見ると、あらためて南側の分断固定化の意図と、米軍の戦略の産んだ半永久的構造物としか言いようがない。映画の中で人々の祖国統一の叫び…「白頭山から漢亨山まで」のスローガンとともに叫ばれる「壁の崩れる日まで」の誓いには、障壁を分断の象徴と見なしている悲しみが切実に伝わってくる。

 宮島義勇氏は一九六三年、共和国の建設を描いた記録映画『千里馬』の作者として知られている。だが、今回も共和国の協力を得ながら、自主製作の原則と姿勢を持って製作に当られたという。事実、フイルムには氏の思想と大胆な映画的試みが随所に見られる。
 氏の民衆へのまなざしに北と南の区別はない。共和国の大集会、行進のシーンに、南朝鮮の青年学生の「板門店にいこう」のデモや、警察との火炎瓶闘争がモンタージュされる。
 それら南北の映画、TV映像が交錯しつつ「朝鮮はひとつ」の主題に凝縮されていく。
 日本では通常、著作権や版権などの制約があり、自主規制的にならざるを得ないメディアの慣行を、氏は全く無視している。南北それぞれのTVや映画・ニュースを思うがままに使った自由奔放な編集。あえて言えば、北のひとびとが見られない南側のTV映像、一方、南のひとびとが見られない北側の映像を、統一のテーマに即し、思いのまま駆使している。勇気ある決断によって、「朝鮮はひとつだ」という、南北のひとびとの溢れるような願望のカオス、統一への共通した熱気を表現し得た。だからこそ、「宮島義勇の映画」とし、もろもろのリスクを一日本人の責任として負うことを鮮明にしているのであろう。

 この映画を在日の人々は勿論、日本人、とくに青年学生に見てもらいたいと思う。尊敬すべき隣人を発見してほしいと思うからだ。統一に命を賭してたたかう若々しい民族運動がここにある。一九八九年、三八度線を越えて投獄された林秀卿さんのシーンは、そのまま『民族の花』伝説を生み出した。だがそれはひとりの英雄譚に終わっていない。現在、朝鮮に広がっている異議申し立ての運動、焼身自殺をもって抗議している青年・学生たちのニュースに、何百何千の「林秀卿」を見る思いがする。民衆の統一闘争の途上に、これからもいくつもの物語が生まれるであろう。この『怒りのこぶしで涙をぬぐえ』は、その予感に満ちている。逮捕を恐れない毅然とした魅力ある人間が多く登場しているからだ。
 
 映画の冒頭に「ペルリンの壁は崩壊した」と語り出し、「世界でただひとつ残った壁」、すなわち三八度線の障壁の開放を「一九九五年までに達成したい」と朝鮮汎人族大会の参加者はこもごも決意を表明して終わっている。だがこの壁はベルリンの壁より厚いかもしれない。この壁の開放の日を早めるためにも、まず、日本海(東海)から黄海(西海)まで築かれたコックリートの障壁を直視することだろう。その怒りは普遍的で根深いものに違いない。宮島義勇氏が障壁にいわば決死的な撮影を挑んだ意図は何だったか。地雷原を這うように接近し、二四〇キロの端から端までロケした日々、氏は日本の植民地支配とそめ責任をしきりに思ったという。これは日本映画人の、統一を願う朝鮮のひとびとに捧げられた作品であるとともに、同じ愚行を繰り返しかねない世界へのメッセージ映画なのだ。