断酒のコツは「公然化」にあるかも 月刊『健康』 8月号 主婦の友 <1992年(平4)>
 断酒のコツは「公然化」にあるかも 月刊『健康』 8月号 主婦の友

 アルコール依存症、いわゆるアル中の医療生活にはいって三年になる。いまは一滴も飲んでいない。ようやく周りも理解し始めた。
 この四十年間、三百六十五日、酒なしの夜はなかった。映画の仕事柄、晴れといっては乾杯し、雨には「お天気まつり」と称して飲む。そのきっかけには事欠かなかった。それでも潜在心理では、アル中を虞れ、手先のふるえの有無を気にしたり、お陽さまのあるうちは杯を手にしないと決めていた。だが積年の弊は容赦ない。
 
 夜は八時頃、遅くとも十時にはアルコールを流し込んでいたのが、徹夜仕事などでその時刻を過ぎると、頭のメカが停止し、いわば真つ白になるようになった。体内時計が酒を呼ぶのだ。常備している頭痛薬に手を延ばしたが、それで利くはずがない。果たせるかな、
 ブランディーをひと砥めすると、白い霧は消え、思考が戻った。だがものの一時間でさめる。またカットグラスをあおる。まさにエンドレス・ドリッカー(終わり無き酒飲み)になった。三年前の夏だ。

 幻聴、錯覚は入院前にその絶頂に達した。そして、アル中専門治療柄院に三ヵ月ぶちこまれた。その病院生活について述べる紙数はないので省略するが、軍隊の起居そのままのような禁律の網をかぶせられた入院生活では、誰しも、もう二度と酒を飲まないと、自らに誓う。それに嘘はない。だが断酒に失敗して舞い戻る例は、跡を絶たない。聞けば、「乾杯の音頭とりのビールの一杯が…」とか、ひどいのは「退院祝いに真似ごとで口にしたのが命取り…」なのだ。
 以前の酒量に復するのに、あっという間だ。それは意志とか人格の問題ではなく、それがアルコール依存症の病像なのだと専門医は指摘する。入院中の実地教育でこれほど身に応えたものはない。それを思い知らされるだけでも、専門病棟に入る意味があった。
 社会に出て、「私はアル中だ」と公然と言い触らせるかどうかがコツだ。「肝臓をちょっとネ」位では、社会は酒を断ちきらせてくれない。その「善意」が潜在的アル中患者二百五十万の悩みだろう。