作家にとって「いやな」評論家『スクリーンの日本人』木下昌明著 『社会評論』 111号 3月1日号 活動家集団思想運動 <1998年(平10)>
 作家にとって「いやな」評論家『スクリーンの日本人』木下昌明著 『社会評論』 111号 3月1日号 活動家集団思想運動

 A兄 その後、新作の準備やシナリオの推敲の段階とお伺いしているが、もし時間があれば木下昌明著「『スクリーンの日本人』ー副題ー日本映画の社会学」という本を読んで欲しい。僕は読んだばかりだが、いわばこの超辛口批評家の論理には緊張して読まされた。
 とかくに映画作家と映画批評家とのあいだには、けなされても褒められても、どっかで論点のずれがあり、隔靴掻痒の感を禁じ得ないものがあって、いわば言われっ放し、言い放しというすれ違いがままあるよね。それがこの本では論点はシャープだし、焦点を違えず直言批評するので作家たる僕としてはたじたじ、つい「いやな相手」といってしまう。
 が、この木下昌明氏は批評で飯を食っている人ではない。だからか映画の登場人物が何を食い、どうかせいでいるか、衣食住のことでは人一倍見落としがない。霞をくっているような人間像には反発しかしない。その生きるリアリティの重視には筋金がはいっている。
 小栗康平の『眠る男』の場合のように十人の批評家がこぞって賛美しても、かれに掛かると「不自然な映像美」には「単の超現実な表現といった意味合いを通りこし、非科学的で非合理な宗教臭が漂っている」といったイメージ先行の作り方、人物のリアリティの希薄さには一刀両断の趣なのだ。
 かれは小川町シネクラブで自分が主導して観賞運動を組織している。その問題提起者、あるいはそのチュータとして、映画について十分な下調べをし、関係の参考文献にも眼を通したり、ときにはそのシナリオ原本まで読み込んでディスカッションしている。まさに映画をテキストにして自立した批評運動を試みているらしい。
 観賞はビデオに負っているようだ。映画を「見る」というより映画を(ビデオで)「読む」といったほうが正確かもしれない。そういう時代になってきているんだね。
 職業的な映画批評家でも一回の試写会での印象で映画評をものにするには大変な修練を要すると思うんだが、かれの場合、作品をビデオで見て研究しているんだよ。
 本は読み直しができるが、映画は時間芸術として逆行できないということを映画作りの基本において作っているつもりだが、それをビデオで見る時はストップしたりまき戻ししたりして見られるよね。あいまいな理解のままフィルムが先に飛んで行くということがない。つまり自分個人の本のように自由自在にどのページでも読みかえせる。ここは映画館で映写機のお蔭で見るのとは大きく違っているよ。よく一緒に映画をみたあとの意見が違うとき「もう一遍みてからにしよう」などという逃げ手もあるよね。氏にはそれがない。ビデオで読み尽くしている。これが怖い、「いやな」批評家たる所以なんだ。
 自分の全責任で細部にわたって観賞したと言い切れるほどの確信が氏にはあるし、時にシナリオと付き合わせてシーンを分析している。それが映画研究者や映画辞典つくりならいざ知らず、一種の批評運動としては究極の学習の観さえ呈している。これは「思想運動」の試写会活動としての積み重ねのなかで培われた方法論といえるだろう。この作業を基礎に書き上げたと著者もいう。
 黒沢明、小津安二郎のいわゆる名作も氏によって分析されると影の部分が見えてくる。小津の『東京物語』が氏によれば、別名『家の狭さ物語』といった趣、東京にいる子供たちに会いに行っても家の狭さで肩身の狭い思いをする話といった切り口は、映画とはいえ衣食住の描写を重視する氏の視点なくしては出てこない。
 黒沢の『八月の狂詩曲(ラプソディー)』はヒロシマ・ナガサキへの原爆投下をアメリカの俳優扮する日系二世に“謝罪”させるといった意図を通じてみられるナショナリスト的発想との指摘には意表をつくものがある。
 豊田四郎の名作『小島の春』を分析して当時のらい患者にたいする国策の容認…隔離と民族浄化的政策への結果的荷担を暗示した一章、戦争映画の新旧作品をとらえてその作劇術を問うたもの、ひいては従軍慰安婦問題にいかに眼を瞑ったかと迫るなど、その筆鋒にはどの作品批評にも下層民重視が貫徹していてゆるがない。
 僕らが作るこれからの映画に氏とともにあるこの鑑賞者群を意識していくことは大事なことに思えるのだ。相手はときにシナリオの初稿にまで食い入って読み込む相手だから用心して掛からねば、そんな緊張感をせまられる映画論に出会った興奮のまま、手紙を書いた。お互いにいい論敵に巡り合いたいと思うからだ。
 1997,12,20