記録映画とナレーション 伊藤惣―公演『物言う』パンフレット シアターモリエール <1998年(平10)>
 記録映画とナレーション 伊藤惣―公演『物言う』パンフレット シアターモリエール

 私の記録映画のナレーションはほとんど伊藤惣一による。特に水俣病関係の連作はすべて彼である。二十数年前、解説を引き受けた彼はロケ地水俣に滞在し、作品の舞台と人びとをその眼にやきつけた。それだけにシーンの読みは深く、特有の方言や学術用語も自家薬籠中のものにして、マイクに向かうのであった。こんな手間をかけるナレーターは聞いたことがない。演出者冥利につきる。だが、録音となると、私は神妙ではなくなる。
 
 私は映像主義者である。映画は映像と現実音、インタビューだけで、あとは解説のない映画が出来ればと絶えず思っている。
 名調子で一世を風靡した徳川夢声の活弁調の映画を見ると、声に気をとられて画面が滑ってしまう。映画音楽が強烈だとそれに乗って音に流されることしばしばだ。むろんそういう映画があってよいが、私の映画はもっと画面と対話し、凝視して欲しいという願望がある。
 映画の解説は出来ればないほうがよいと思うが、それを裏切る内奥の声もある。つまり解説をしたいという衝動がでてくるのだ。それは編集台にむかってフィルムをつないでいるとき、口を衝いてでてくる言葉である。それがなければこの画面は精彩を欠くであろうと思う。それがナレーション化の原衝動である。矛盾しているが、それが映画の生きものたるゆえんと思う。ところがいざペンをとると、解説が多くなる。微に入り細にわたって書き込みがちである、それをどう削るかに心を砕く。

 伊藤氏に解説原稿をわたす時には、ときにそぎすぎて、骨と皮だけになっていることが多い。そこから伊藤氏の関与が録音のしごとの楽しみと苦しみのはじまりなのだ。もともと俳優である彼はいかようにも語れる多彩な芸を持ちながら、私の望む抑制と簡潔を一緒に考えてくれる。ダビングを終えた氏の原稿は真っ赤で判読不能なほどだ。それが共同者としてのナレーター伊藤惣一の戦いの記録なのであろう。
 1998年9月22日