「北方四島の現在と展望」文と写真 『日本民族写真体系(1)北方世界との交流』 9月25日 日本図書センター <1999年(平11)>
 「北方四島の現在と展望」文と写真 『日本民族写真体系(1)北方世界との交流』 9月25日 日本図書センター

 ちかごろ日本列島史の見直しが盛んだ。旧蝦夷の地東北の縄文文化、さらには先住民のオホーツク人、アイヌ人遺跡の研究熱は上るばかりだ。四島ですらそうだ。とくに択捉、色丹島に埋もれていたアイヌの生活道具のロシア島民よる発掘や展示は知られている。
 それに合せたかのように、道東の若い世代の間で、道東から千島列島に連なっていたかつてのメナシ(東アイヌ)文化圏を今の領土問題と重ねたらどう見えるか…もともと国境を知らない世界だったはずだ、その先住民族の流れがいま生かされないかという考え始めたようだ。根拠はある。例えばハボマイとは元々アイヌの「母なる所」の意味であり、色丹は「大きな集落のある地」、国後は「黒く見える島」、択捉は「岬の多い島」とれっきとしたアイヌ語なのだ。これが現在、誰怪しむことなく世界語として使われている。

 一九九二年から始まった元島民と現四島居住者のビザなし交流は九八年現在、相互を合わせてのべ約五千人に上っている。その交流が果たした事態の進展は予想以上に大きい。
 いま漁業に関する限り国境の概念は実体的に稀薄になった。戦後、越境操業を巡る日ロの紛争や一万件にも達した拿捕事件は、九八年の日ロ安全操業協定を機に終りを告げようとしている。この年から北海道の道東漁民はホッケ漁に北方四島沿岸に出た。しかしロシア漁民の“換金作物”カニ、ウニなどには手をつけない。“相互信頼”による両国漁民の棲み分けが公式化したのだ。かつての「領土か魚か」といった硬直した時代を忘れたかのように、今、根室の港には活きカニを運ぶ若いロシア漁民の姿が目立つ。これも世界水産物の総輸入額の三割に達する日本の美食志向の流れがここに反映しているに過ぎない。
 冬、オホーツク海は流氷ゆえに休漁する。それが資源を育て守ってきた。この大自然の地球的リズムは変わらない。しかしここにもスケトウ、カニなどの枯渇の兆しが見える。北方四島海域での国境を越えた共生が問われる今、政府の九五年版環境白書にさえ“先住民の暮らしに学べ”として「アイヌの人びとは川や海から得られる食物は神からの恵みと考え、他の生物の取り分も残しておくという」と明記されたことに一筋の明るさを感じる。