ひと 土本 典昭さん 「回顧展」が聞かれている記録映画作家 『毎日新聞』 5/9 毎日新聞社
単純な公平性を排した「荷担する映像」。そう呼ばれる作品を撮ってきた。
「水俣ー患者さんとその世界」「不知火海」など水俣病を追い続けて昨年まで17作。「弱者や底辺の人間の方がリアルな目を持っていることは、戦後の混乱期に思い知らされた」。その原点が、カメラを常に患者の側に置かせた。
同じ視点が、アフガニスタンにまで至る。旧ソ連軍が撤退を始めた88年、内戦を越えて未来への希望を抱く人々を丹念に撮影した「よみがえれカレーズ」。取材はカブール国立博物館にも及んだ。その後の不幸な歴史の中で、華麗な出土品をとらえた唯一の映像になり、一昨年「在りし日のカーブル博物館」として発表。翻訳して同博物館などに寄贈した。
今も、常にカメラを手元に置く。3月には中国の映画祭で若手作家と触れ合った。「日本の若い人たちは『昔のような社会の大ドラマは現代にはない』と言うが、『へえ、そうですか』と思う。日々の発想を大事にして回し続けていれば、とてつもないものに出合うことがある」。記録映画の可能性を信じ顧展が大阪で開かれる。来年は水俣病「公式発見」から半世紀。水銀に汚染された世界各地から、改めて「ミナマタ」作品に声がかかる。「国などの行政責任を認めた昨年10月の最高裁判決後、新たに患者認定を求める人々が立ち上がっている。本当は、回顧している場合ではない。」