まえがき
亀井文夫監督作品『戦ふ兵隊』は一九三九年(昭一四)に完成した。周知のように、この作品は陸軍省当局により上映許可が出されず非公開のまま敗戦をむかえた。この映画スタッフのひとり瀬川順一によれば、これに先立つ『上海』も文部省の推薦リストから外されたが、にも拘らず空前のヒットとなったことから東宝映画としては満を持して公開を準備、その試写会だけで三万人に観られたという。「赤の映画はことごとく葬りさられ、自由主義的傾向に弾圧の鉾先がむけられた時代に遭遇した作品」と彼は見ている。亀井と瀬川の記憶によれば、二本の三十五ミリプリントが作られたという。しかし一本のプリントとそのネガは、戦後間もなく作られた、彼と山本薩夫の共同監督作品『戦争と平和』に使用されたため原型をとどめていない。もう一本のプリントは試写会上映ののち、この一篇中の「最前線中隊本部」のシーンに協力を惜まなかった異色の職業軍人(二・二六事件に連座し、のち戦犯で処刑されたといわれる)田中軍吉の懇望により、兵士たちの出身地、鹿児島で試写をしたいという特別の計らいで貸し出されたもので、一旦東宝に返却されたまま忘れられていたという(この部分は新井和子、楠木徳男の聞書きメモによる)。幸い再発見されたのは一九七六年(昭五一)である。実に三十七年ぶり。TV番組『ドキュメント・昭和』(日映新社、朝日放送)のスタッフにより見つけ出された。この三十五ミリポジプリントの版権は東宝映画に帰属されたが、亀井は個人所蔵版(十六ミリ)をつくり保存した。すでにこの時点で初号プリントの一、二シーンがカットされていたという。亀井の記憶により本シナリオの中に附記した。採録スクリプト(シーン・カット表)はプリントの発見された七六年一〇月に、日本記録映画作家協会の手により監督の許諾を得て作成され、のち谷川義雄によって改稿されている。今回、亀井文夫追悼特集を機に、採録シナリオとして全面的に書き起した。もともと撮影用シナリオはなく、亀井による再録も残されていない。すべてはフィルムの上にある。ただし、その十六ミリプリントは焼きましのため映像が劣化し、いちじるしく描写性を損ねている。撮影者(三木茂)の映像表現の骨だけが残っているといってよい。また、当時は周知の軍記、武勇談等が下敷きにあってこそ生彩を放った暗喩は今日つかみがたくなっている。そのため、今回、亀井監督自身がのこされた文章と、全ロケを識る瀬川順一の証言をもとに、できる限り”字で見る記録映画”としての再現を試みた。前出シノプシスを大きく参考としつつも劣化した音声画像の条件の下でなお不備、過まりは免れがたいと思う。最少限、(注)により補足させていただいた。亀井監督の素志にそむいていなければ幸いである。(土本典昭)
1 タイトル
○画面、フェイドイン(溶明、以下F・Ⅰ)に先立って音楽
ー船の煙突から流れる黒い煙にー
スーパータイトル(以下S・T)東宝文化映画部作品
○遡上する揚子江から見る右岸、その地平線までつづく平野
S.T 戦ふ兵隊ー製作 松崎啓次
(注、題字 進 八郎)
○江上を黒煙をなびかせ日章旗を船尾にかかげた砲艦ゆく。
S・T
監督・編集 亀井文夫
撮影 三木 茂
現地録音 藤井慎一
録音 金山欣二郎
音楽 古関裕而
(注、現地ロケ・スタッフは亀井・三木、藤井及び撮影助手だった瀬川順一の四氏であったー以下・敬称略)
○オーバーラップ(以下O・L)して艦尾の日章旗のアップ。更にO・Lして、揚子江左岸、人影のない河岸と畑。
S・T
現地の兵隊は
この映画の撮影に
非常な好意を
示してくれた
○フェイドアウト(溶暗、以下F・O) タイトル音楽終る。
2 中国大陸と中国農民たち
○(F・Ⅰ)広漠とした平野、S・Tとともに低いハミング流れる。
S・T
いま 大陸は
新しい秩序を
生み出すために
烈しい陣痛を
体験してゐる (F・0)
○(F・Ⅰ)畠の中の巨木、その根元のほこらに拝跪する農夫。長い袖をあわせてひざまずく老農夫。
○(ハミングつづく)
庭の大樹から炎上する農家の藁屋根。
その庭にたたずむ人影ー。
(注、ゲリラの出没する村に対する日本軍の掃討作戦にたまたま遭遇して撮った ー瀬川順一)。
○老農夫の顔の大写し。屋根の火から柱に燃え移った火勢。
○その燃える家を背に、庭にのがれた子供三人、女の児はカメラをみつめて嬰児を抱きかかえている。気づいてあやす。母屋に火がまわり燃えさかる。(ハミングつづく)
○大地に拝む姿でうずくまる農夫(大ロング)。
○太陽をさえぎって低い雲がうねる。(注、コマ落し撮影)
○村の家々のあたりに余燼たちのぼる。
○台地上、あかね雲がひろがっている。
(女性ハミングが重なりつづく)
3 流浪の民
○一本の道を一旦避難の農民とその家族たち故郷に帰る。天びん棒を肩に列をなす。杖をつく者、手をひかれる子ども、ただただ足をつかっての移動である。ロバ一頭もいない。
○ひびわれた水田と枯れ草。
○天びん棒の片方に荷物、片方に乳呑児。まだ年はもいかぬ子供たちも肩の天びんに家具や布団など、大人たちに伍して歩く。
○ひびわれの田とあぜ。
避難民はひたすら戦火のやんだ村へと急ぐ。
(注、江西省、鄱陽湖近郊、一九三八年秋-瀬川)
○野末に、顔をおおい号泣しているような塑像。ポツリと立ったその像と大地の大ロング。
(ハミング消えるよう)
4 進軍・そして前戦
○一本道を前進する重戦車隊、日章旗をかかげている。あおぎ見る重圧感とキャタピラーの轟音、一台、二台、三台。
○「聖戦必勝、武運長久」と寄せ書きのある日章旗のアップ(注、兵の私物の日の丸の旗ー瀬川)。背景に無人の廃屋の村の移動シーン。
(単調な音楽はじまる)
○カメラ、道の反対に切りかえたよう。路はたの背だかい野草ごしに、テントやトラック、そして兵の姿がある。(路上からの移動撮影)
○その画面の端にスーパー・インポーズ(以下S・Ⅰ)
前線の根拠地
(遠雷のような砲声と軍馬のいななきが音楽と重なる)
○ー以下四カットの長い移動(パン)カットで、路傍に設営された野戦根拠地(駐屯地)の全貌をくまなく見せるー
ホロにおおわれた山砲、くつわを外された軍馬、低いテントのかたわらで、水を運ぶ兵、飯盒炊さんしている兵ー
(注、九月まだ残暑厳しい時である瀬川)
軍装のまま涼気をもとめてくさむらに折り重なるように仮眠する兵たち
(長い移動につれて)軍馬のたむろするところ、戦車駐屯区域、その整備場など。
○日本の軍隊だけが往還する一本道と、路傍に仮設された野営幕舎。軍馬車隊の到着、平腰の騎兵、土煙りをあげる重隊など。
5 根拠地の日常の生活
○テントわきに銃を立て(叉銃)、兵たちは飯盒の米をといでいる。
○戦闘のあとをとどめる重戦車と整備する兵。
○日だまりで帯剣や歩兵銃の手入れに時をすごす兵たち。
○かたわらで武装解除された中国兵捕虜との一問一答風の会話。中国語のやりとりに日本兵メモをとっている。
S・T
(日本兵)「歳は?」
(中国兵)「三十歳」
「子供は?」
「二人」
「帰りたいか?」
「帰りたい」
「商売は?」
「百姓」
(砲声の効果音、断続している)F・0
(兵器の修理)
大きな民家とその軒に日よけテントをしつらえた一角。
木の標柱に平がなで「第二へいきしゅうりはん」とある。
(やすりの音と砲声)
○機銃の分解掃除、万力やフイゴをつかっての部品修理や蹄鉄の鍛造作業。
○なれた手つきで軍馬に蹄鉄をつけかえる農民出身らしい兵。
(野戦病院)
○接収民家の一角「塔子野戦病院」の標柱
○医務室前庭。
軍医や衛生兵が立ち働いている。傷病兵をタンカで運ぶもの、手術器具を熱湯消毒するもの、その器具のアップ。手術を前に手や指をごしごし洗う衛生兵三人。
○医務室内。
窓辺で軍医が大きなメスをといでいる。
手術施療をじっとまつ三人の傷兵。視線はメスとぎに釘づけにされているよう。白いホウタイ巻きに外光があたっている。
○足首の損傷を示すレントゲン写真のアップ。
○顕微鏡をのぞく軍医。プレパラートの上に病原菌がうごめいている。そのミクロの菌の画面に遠く砲声が重なり響く
○顕微鏡から手の離せない白衣の軍医の緊張した表情。
○半地下室の納屋の床に病身をよこたえる兵に白シャツ、自脚絆の衛生兵がタバコを配っている。(低く抑えた音楽おこる)
○その音楽を基調に字幕。
S・T
支那大陸は
どこへ行つても水が悪い
兵隊は
故郷の清らかな水を
いくたびか思ひ起す
(水、そしてなま野菜)
○消毒服の兵が試験管などを扱っている。
S・I 衛生兵の水質検査
溜池の水汲場のかたわら、汲み水を調べている衛生兵。試薬を注入、その試験管のアップ。
○軍装をととのえ出発を待つ兵たちが、カソヅメの空缶利用のひしゃくでめいめいの水筒に水を満たしている。
○下士官風のひげ男たちが、ひしゃくの水を心ゆくまで呑みほしている。
○食器を洗う水、配給される水、米をとぐ水。
○テント前、少人数毎の食事準備風景。味噌汁が七輪の上に。金網の上で物を焼く兵たち。
S・T
乾燥菜 乾燥馬齢著
乾燥人参 それに
粉味噌を使って
汁をつくる
兵隊は つくづく新鮮な野菜を
食ひたいと思ふ
(流れつづく音楽と砲声)
(病兵)
○一人分の粥の鍋のアップ。皆と離れて、病兵は食事をとる。(注、マラリヤの悪寒のため残暑の地でも外套を着こんでいるー瀬川)
食後の一とき、すり切れた雑誌を読む。
○干草を喰む軍馬。ま新しい日の丸の鉢巻をつけられた軍馬。兵はその手入れに余念がない。あばらと皮膚病のめだつ軍馬二頭。
(夕景の中)
○夕方、砲声の下で、雑誌をめくり、食事をとる兵たち。蚊帳が吊られたテント。
○空地でドラムカンの風呂がくべられている。
○おびただしい弾薬箱、兵需物資がピラミッド型に積まれている。その山の上、銃を水平にして立哨中の兵士ひとり。パンをすると、背景の山なみと肩を比べるように物資の山がきれめなくつづく。(砲声が遠くから響きつづく)
○夕景の中、立哨兵のシルエット。
○野営地の大ロング、軍用犬のなき声しきり。炊煙教条たなびく野営テント設営区域。
○数人がドラムカンの風呂で体を洗っている。日は沈み、西空は焼けている。
(音楽を一発のきわ高い砲声でひきとり、F・0する)
6 部隊の去った跡
○(F・Ⅰ)字幕
S・T
部隊は
前進移動して
この土地を去った
(音楽はじまる)
○兵士の姿なきあとの根拠地の仮幕舎の残がい。背後に廬山の山々がくっきり。
○白日と雲、今は無人の地に、兵たちの使ったカマド、欠け鍋、ふとん代りの藁床など。
○仕事場の作業台や、幕舎の天井の骨ぐみが風にさらされている。
(画も音楽もF・0する)
7 そのあと中国の農民はー
○(一転して明るい吹奏曲風の音楽でF・Ⅰ)
S・T
また
部隊が去った
その日から
農民は
働きはじめる
○日照りでヒビ割れた田。
○刈り株の畑にうねを返す牛ひきのすきのアップ。
○広い平地のあちこちに人と牛の仕事が望見される。(その大ロングの中から、中国の祭りのにぎわいのような中国風の音楽)
S・T
しかも
ここには最早や
戦火のうれひが
なくなったのだ
○農家の入口にある小さな祠、半ば傾いた竿の先に日の丸の旗、その上にも別の小旗がつけられている。(注、中国買弁政府の旗と思われるー当時中国農民には良民証の所持が義務づけられていたー瀬川)
○家を空けていたためか、その屋根ははがれている。ほこりだらけの油つぼや石臼。
○裏庭に枯草がうず高い。そこにとりのこされた幼児が泣いている。飼い犬がうろつく。
○炊事道具や什器のそろえられた一隅ー女性が腰まである黒髪をくしけずっている。
○老婆はカメラを一べつしただけで孫にスープをー乳呑み児を抱く母親は胸元を開いて乳を与えている。その無心に乳首を吸う児のまつげはやすらかである。
○積まれた枯草を喰む牛の親仔のかたわらで大人たちの仕事がつづいている。二人一組で……。
○S・I 枯草をよって 燃料にする
○女の手許の草を一方が弓のような道具でまきとり、同じ大ききの束にしている。
○子供たちは束を運ぶ手伝いをし、男は屋根を葺いている。
(F・0とともに音楽変り、マーチ風に)
8 追撃と進軍
S・T
部隊は
大陸の
奥深く進む
○地図 上海から揚子江をさかのぼった日本軍は安徽省安慶市から二手に分れて西へ。従軍したカメラ班は江西省の九江市から取材をはじめ、軍とともに水路交通の最大要衝でもある湖北省の武漢(武昌、漢口、漢陽)三鎮へと進むことになる。それが白い動線で地図に示される。(注、進路は抗日ゲリラ戦の展開されている地帯であったー瀬川)
○(地図に0・Lして)点から線への進軍さながら一本道を辿る部隊の大ロング。
○トラック輸送、荷馬車、騎馬隊。それに徴発した牛による牛車と、あらゆる輸送力を動員しての進軍である。
兵は歩く。馬を曳き、騎兵将校に従い、背嚢を背に両手に銃と飯盒を下げて、歩いている。
S・T
追撃の急なときは
病馬を捨てて
行く事がある
こんな時 兵隊は
心の中で 泣いてゐる
だが作戦上
やむを得ないのだ
(音楽 転調する)
(病馬、倒れる)
○丘を越える一本道が夕陽に白い。人影の絶えた平野に裸の軍馬一頭、前脚でかろうじて身を支えている。
○カメラ、馬に寄る。馬は動かないで耐えている。暮色は濃くなっている。
○馬が頭をめぐらしてカメラにむく。首を一度あげ、前脚を屈して横倒しになる。首を支える力もつきて地上にすべてを横たえる。
○丘に沈み切った陽の光芒は宙にある。
(F・0とともに音楽完結して終る)
9 果てしない戦場
○(F・Ⅰ)丘のすそ、村はずれの墓場あたりに歩哨がひとり立っている。交替の兵が来る。
砲声と銃声、飛弾音が聞えている。「ご苦労さん」交替に当ってひき継ぎをする哨兵。
「異常はないか?」
「約三十分前に、前の部落にマツダ中尉殿が将校斥候に行かれました。それから右前の丘に、懐中電灯で信号らしいものが時々。そのほか異常ありません」
○畑のむこうに部落らしいたたずまい。
「あと異常ないね」
「はい」
「よし、交替」
立哨兵再びただ一人になる
(飛弾音と機銃の連発射撃の音)
○流れ弾の炸裂に牛たちが逃げまどっている。
S・T
兵隊は
死闘してゐる
○銃座の周辺に土と草が飛びちる。
○重機関銃を撃つ兵士。
○丘にむかって散開の陣形で進む兵らの大ロング。銃砲音、とぎれることなくつづいている。
S.T
悠久な大陸の自然に
歴史の一頁を
刻みこんでゐるのだ
(この字幕の中から悲劇的な調べがはじまる)
○峨々たる山容に(S・Ⅰ)慮山と示される。
○斜光線で陰影に富む山の背をつたう。パンショット。手前の樹影と夕陽のハレーション、レンズの光のリング効果に銃撃音と音楽かさなる。
○急峻で変化に富む名山のロング。
(S・Ⅰ) 慮峰
○暗い山々。そこに白木あざやかな墓標、「飯塚部隊長の墓」の銘。(注、当時、その武勲談で知られた人だったー瀬川)
○焼けた朽木の残る戦場の風景の大ロング。
(F・0とともに音楽終る)
10 前線
○砲声、機銃音、砲弾の弾道音直下。
農村のクリークにガチョウが泳いでいる。
○クリークぞいの民家。その土レンガの外壁に銃弾がはねる。兵の怒鳴り声がする。
○農家の一室、机と椅子それぞれひとつしかない。外に軍馬とシェパード軍用犬二匹。執務中の中隊長(田中軍吉)、外のただならぬ様子に戸外に出る。
(S・Ⅰ) 最前線の中隊本部
(注、このシーンはすべて同時録音で収められている。亀井によれば、かつてあった苦戦の一日の記録を、そのまま再現したという。中隊長田中軍吉は勝ち戦の勇ましいニュース映画ではない状況を知って欲しいとして進んで協力した。瀬川は、このシーンは据えっ放しのカメラとマイクでとらえたもので、中隊長の独壇場であったー戸外の軍用犬や馬の位置から兵の出入りまで一切手を加えなかったというー瀬川)
○戸外に彼我攻防の銃砲声。その戸口でー
中隊長「おいサノ準尉(注、中隊指揮班ー瀬川)全員非常呼集」
サノ準尉「ハイ」
中隊長「小隊長は中隊長のところへ集合!」 中隊長、室内にもどる。
○下士官ら本部の別室への動きあわただしい。
○戸外ではサノ準尉が命令を伝達「南!小隊長はすぐに集合、中隊長のもとに!」戸外で応答の声交されるー
中隊長「(別室にむかって)カワカミ兵長!」 兵長出てくる。
○鉄兜をかぶりながら命令を聞く。
中隊長「あのね、カワカミ兵長は直ちに曹長のとこにいってニシザキ準尉と連絡。とくに敵の兵力、位置、それから増員の必要があるかどうかを調べてくれ」
カワカミ兵長「ハイ」
中隊長「連絡はただちにくれるよう。兵二名つれていけ」
カワカミ兵長「(復唱する)カワカミ兵長は第一小隊までいき敵の兵力、敵の攻撃位置、ならびに増員が要るか安らないかどうかを調べてきます」
中隊長「よしすぐ行ってくれ、気をつけていけ!」
○カワカミ兵長出ていく。軍用犬しきりに鳴く。
○入れかわりに伝令兵ヒラタが入ってくる。
伝令兵「ヒラタ(注、自分の名)展望哨報告。トーチカ(注、中隊の最前方拠点)方向に敵の砲弾を確認しました。しばらくしてから狼火が一発、あがりました」
中隊長「一つ、一つだな」
ヒラタ「ハイ」
中隊長「よし、展望哨の附近は何でもないな」
ヒラタ「はい展望哨の方は異常ありません」
中隊長「帰ってよし!敬礼せんでよし!」
○伝令兵ヒラタ出ていく。戸外、機銃の応酬、砲声しきり。
○入れかわりに伝令兵A来る。入口で直立のまま、「中隊長第三立哨報告!」
○中隊長、すわったまま聞く。「ートーチカの方向に敵の猛烈なる銃砲声がしています。第三立哨異常ありません!」
中隊長「おまえのところは異常ないか」
伝令A「異常ありません」
中隊長「お前、トーチカ……、小隊に寄ってきたか? 直接きたか?」
伝令A「ハイ(第三立哨から)直接参りました」
中隊長「途中何も遭わなかったか?ないな。お前んとこには何も(連絡が)来とらんな、よろしい」と敬礼を受けるべく立ち上る。
「よし、よろしい。釆たらすぐ知らせよ、狼火で知らせ!」
伝令A「はい、帰ります」と捧げ銃。
中隊長「帰れ」
○中隊長ひとりになって地図に眼を落す。入口にむかって「サノ準尉、報告ないかまだ?」
サノ準尉「まだであります」
中隊長「よし! 釆たら報告とってくれ」。
○伝令Bくる。(注、最前線トーチカの第一小隊より)中隊長立ってむかえる。
伝令B「隊長どの、第一小隊報告!第一小隊の右の山に敵約百五十名ー」
中隊長「百五十」
伝令B「左の丘に約三十名」
中隊長「三十名……小隊はトーチカの線まで……」
○そこへ命令伝達を終えた下士官三名帰ってくる。
中隊長「みんな一緒に聞いてくれ」
伝令B「(くり返す)右の山に百五十名、左に三十名」
中隊長「三十名!トーチカの線まで来ておるんだな?」
伝令B「はい、トーチカの線まで来ております」
中隊長「トーチカの線まで来た!(『はい』)トーチカの正面はどうだ?」
伝令B「はい、トーチカの正面には二十名ぐらいいます」
中隊長「二十名ぐらい(『はい』)右の方が主力だな敵の?(「そうであります」)よし分った。で、三角山は?」
伝令B「三角山はとられました」
中隊長「とられた!どのくらいになっとるか敵は?」
伝令B「二十名くらいになっております」
中隊長「二十名!(『はい』)自動火器は?」
伝令B「自動火器、二銃」
中隊長「チェッコ(注、チェッコ製軽機関銃の略)か?」
伝令B「チェッコであります」
中隊長「チェッコ、二銃、よし」
伝令B「帰る途中ー(『撃ちよるな、これは!』)はい、盛んに撃っとります」
中隊長「どこを撃ってる?」
伝令B「道路を撃っとります(『道路を!』)ムチャクチャに撃っとります」
中隊長「ムチャクチャに撃っとる、フウン」
伝令B「そのために三名」
中隊長「三名きりだな?」
「あ、伝令が一名、足を負傷しました」
(注、フィルムチェンジされるー瀬川)
中隊長「どこをやられた?」
伝令B「左の足をやられました、ナガタがー」
中隊長「いま(こっちに)来よるか?」
伝令B「はい、来よります」
中隊長「来よるか」
まわりの小隊長クラスの顔をみながらー。
中隊長「ツダ! おまえね……」
戸外の兵をよぶ。
中隊長「タケナカ!(兵入る)おまえも聞いとったか?(『はい』)聞いとった?(『はい聞いとりました』)よし!じゃ担架をな。兵二名をつけて、お前一緒にいってここに連れて来い!」兵、急ぎ足で出てゆく。
伝令B「それから小隊長殿、増援を頼む、ということでありました」
中隊長「小隊長? 今どこにおるか?」
伝令B「小隊長殿は 今トーチカの中におられます(『トーチカの中?』)はい」
中隊長「で、中にどの位おるか、兵力は」
伝令B「トーチカの中に、小銃二個分隊、軽機二個分隊、それから残余の者十名ぐらいが応戦しております。(『応戦しておる?』)はい!」
中隊長「右の山は捨てたんだな?」
伝令B「右の山は取れませんでした。すでに敵は迂回しておりましたので」
中隊長「うん。そうすると(トーチカには)五十?四十名ぐらいは入っとるな?」
伝令B「はい、そうであります」
中隊長「軽機(関銃)は入っとるな?」
伝令B「軽磯は二銃入っております」
中隊長「よし、二、三時間は保てるな、それじゃあ(『大丈夫保てます』)保てるー、よし!」
戸外に砲声こだまし、撥銃音も変らず。
中隊長「うん(中隊長づきの)サノ準尉、砲兵に連絡してすぐー(地図にエンピツで印しをしながら)第一基点と第五基点、そこんとこを撃ってもらいたいと。藁束ひとつと、狼火ひとつだ。それから藁に火をつけてサインを送るよう手配して!」
サノ準尉「はい、砲兵と連絡をとりまして第一基点と第五基点を撃ってもらうよう連絡します」と本部を出ていく。
まわりの小隊長クラスの士官にー
中隊長「それじゃ、小隊はもう準備できるな?」
三人の士官「はい、出来とります」
中隊長「出来た。それじゃあね。第三小隊は三角道路が基点だから、予備道路を通ってトーチカの左に出る。敵の右翼から攻撃する。中隊長は指揮班と主力を率いて、右の方だな、あの高いところからだな、トーチカの右に出ていく。すぐ準備をせえ!」
第三小隊長「はい。第三小隊は予備道路を通ってトーチカの左の方から出ます。兵は小隊長以下二十七名おります」
中隊長「二十七名。軽機はそっちにもあるね?(『一銃であります』)一統ー擲弾筒は?」
第三小隊長「擲弾筒は二銃ともあります」
中隊長「よし、よろしい。すぐ出発せえ!」
第三小隊長、室を出て呼集をかける。
それまで作戦指揮を直立して聞いていた伝令B(ナカムラ)「それからナカムラ(自分)が出発する直前に、小隊長殿が負傷されました。(『負傷』?)はい」
中隊長「どこをやられた?」(注、三回目のロール・チェンジー瀬川)
伝令B「傷は左の腕と、それから左の膝に」
中隊長「こっちの方……膝、膝だな」
サノ準尉、もどる。
「中隊長、砲兵との連絡終り!指揮班と第二小隊は全部こちらの方に集合終っております。(『よし!』)」
外、整列した兵の員数点呼の声。(イチッニィッサン)
中隊長、下士官に「イチカワ、貴官はね、すぐ小隊の所へいって、みてやってくれ(『はい』)急いで!」イチカワ、敬礼して出ると入れちがいに、兵C入ってくる。
兵C「中隊長殿、スエナガを連れてきました。当分あの、動かさんことにしました」
(戸外、入口近く、担架でかつがれて帰ったスエナガは直接画面には見えない)
中隊長「それがスエナガか?」と見舞いにゆく。いあわせた将兵、つれだって出る。
中隊長の声、人の輪の中からオフで「スエナガ! スエナガ!」
銃砲声のみこだまする。一同、室にもどる。
中隊長、出撃準備を急ぐ。部下から軍刀をうけとり、卓上のメモ、地図を整理。
「はい、これを持っておけ」と部下にわたす。図嚢に入れられる。
かたわらの兵に「ヒサモト、お前ね、大隊に連絡!今の状況とそれから、充分保ちこたえられるからな、増援は今のところ要りません。増援の要る時はお願いしますから待機しておって下さいとそういうふうにお願いしてこい。それからまず分遣(隊)でやって、それから別にお前らすぐ二人連れて連絡せい!」
兵「(復唱) ヒサモトは大隊に報告に参ります。(たどたどしい)増援になる場合には、あらためて連絡さし上げますから、今のところ待機しておって下さいと報告して参ります」
中隊長「うん、よろしい」
復唱をききながら図嚢を肩にかけ、白手袋をもち、必要書類いがいのメモは千切ってすてる。
「誰か煙草をもっとるか」
従卒「はい、もっとります」と煙草を出す。
入口のサノ準尉に「全部、準備が終ったら報告せいっていえ」
サノ準尉、入室して「中隊長、集合終りました」
中隊長「うん、行ってくれ」
あわただしく煙草に火をつけ、従卒の出す茶をひとくちのんで本部を出る。
カメラとマイク、そのまま部屋に残る。オフで中隊長の声。
「命令! 中隊は主力をもって直ちにこの右の高地よりトーチカに向って攻撃前進。第三小隊はこの三角道路の左の予備道路からトーチカの左に攻撃!」
太い砲声ひびく。
中隊長「ナカモト!(『はい』)兵二名をもって前方を警戒!」
ナカモト「はい、(復唱)ナカモトは兵二名をもって前方を警戒!」
F・0
11 最前線での死闘
○秋、見わたす限りの畑作地帯。道沿いに電柱がつっ立っている。機銃の音が鋭い。
○白い実をつけた棉畑から狙撃兵身をひそめて射撃している。
○若い狙撃兵の正面からのアップ。
○丘と湖の見える原野。一本道をへだてた敵にむかって攻撃進軍する散兵たち。
○丘の稜線にシルエットの兵。カメラ、低地より兵の往き来をとらえる。進むものもあれば、担架で後方に運ばれる負傷兵もいる。弾薬箱を手に前方にいく兵とすれちがう、戦友の背に負われたほうたい姿の兵士。(銃砲音の中から繊細なバイオリンの調べが立ってくるー)
S・T
大君の辺にこそ
死なめー
この言葉を思ふ時
兵隊の感情は
美しく昂揚する
○銃声やんだ平野部、大きな樹が夕景の中にたっている。
(画のみF・0。音楽そのまま次のシーンへ)
(注、亀井によれば、初号プリントには、ここに次のような「火葬の場面」があったという。(新井・楠木の聞き書き))
○夜、野辺で兵士の亡き骸を焼く。
○その炎にうき出る、まわりの戦友たちのシルエット。
○業火のはじけ、もえさかる音にダブって葬送の「君が代」。
(このカットは恐らく公開をつよくのぞんだ当時の東宝文化映画部の、自己検閲的な処置と思われるー瀬川)
12 露営の夜 (納骨をおえたばかりの戦死者の妻からの手紙を読む)
○(F・Ⅰ)「陸軍上等兵 永田秀夫」と記された遺骨の箱。そなえ物と二本の燈明。
手紙を読む声「お便りありがとうございました。あなたさまの今回、漢口には、第一線に立たれ……立ちおられます由、まことにお難儀のことと存じます……」
○遺骨の置かれた室、ほのぐらい灯の下で戦友のひとりが手紙を読み、三人の仲間、耳をかたむけている。
「……十八日の新聞に永田秀夫、上山上等兵あいついで倒れたとのこと書いてありました。一家の驚き、その死をみんな悲しんでおります……」
○遺品の品、腕時計、万年筆、雑記帖、千人針など。
「(手紙をよむ声つづく)……戦死か負傷かわからないので、毎日、新聞を見ますが、今日まで発表になりません。十八日より仕事もせず、毎日家に居りまして、何とか通知がありはしないかと待ちのぞんでおるのでございます」
○兵たち黙然と同封の写真を手にする。ハナをかむものもいる。遺品の鉄兜と寄せ書きの日の丸の旗が折りたたまれている。
「……それから先般の手紙に、子どもたちの写真を、といってきておりましたが、仕事のため写真撮り方がおくれまして、数日前、やっと出来上りましたが、先に書ましたような次第で、送るのを見合せておりました」
○写真館でとった、幼い男児と乳呑み児の記念写真のアップ。
「……今日まで何のご通知もございませんから、事によったらご無事で居られるかと思い、子供の写真をお送りいたしました。家はみな大元気で暮しておりますから、ご安心下さいませ。何より身体を大切になすって、(遺骨のショットに)天皇陛下さまのために一生懸命お働き下さいませ
九月二十三日 妻より」
○読み終えた兵の手から手紙をまわしよみするもう一人の兵。(音楽おわる)
○夜、下弦の月の光、立哨する兵の銃身と腕の影。(遠くにロバの泣き声つづく)
S・T
こんな晩
兵隊は
驢馬の泣声が
しきりに
耳につく
○納屋につながれたロバ。
○机を並べている兵たちの顔をパンする。
○室内、その壁につるされた鉄兜、干された軍足。鉄砲が整然とたてかけられている。
○その一隅、ローソクの灯をたよりに、便りをかく兵。しきりに鉛筆をなめなめ文字をつづる。
○暗い部屋にようやく分る、軍装や装備の品。戸外、不寝番の兵が立ちつづけている。(犬の遠吠えの声がロバのそれと交々) 半月がはるか。(F・0)
13 朝の駐屯地 (F・Ⅰとともに音楽)
○低く民家の並ぶ地平から朝陽がのぼる。
○家々のほとり、樹々が朝風をうけ、すすきの穂なびく川面はキラキラと輝く。
(突然呼集の鐘の音。音楽消える)
○街の商家の路地に全員集合。水うたれた石畳の上で朝の点呼がはじまる。(注、この点呼のシーン終りまでワンカット)
「気をツケ!番号!」
二列横隊の端、一から三十二まで番号呼称。
分隊ごとに「頭、右!」将校返礼する。
「第三分隊、異常ありません!」「第二分隊、異常ありません!」
ひきつづいてー
日課のはじまり、皇居遥拝。将校も兵と同列に並ぶ。
「半ば、右むけ右!脱帽!皇居遥拝!最敬礼!直れ!」
そのまま「勅諭奉読!」 当番士官の声に全員復唱。
「一、軍人は忠節を尽すを本分とすべし!」
「一、軍人は礼儀を正しくすべし!」
「一、軍人は武勇を尊ぶべし!」
「一、軍人は信義を重んずべし!」
「一、軍人は質素を旨とすべし!」
ふたたびー
「皇居に対して黙祷!礼!直れ!着帽!」
14 武漢への進軍
(吹奏曲はじまる)
S・T
明治節も間近い朝
部隊は
武漢への
最後の前進行動を
起した
その出発に先立って
(注、明治節は十一月三日)
○中央の軍旗に対し、部隊全員が直立不動。
「気をつけ! 軍旗に敬礼! 捧げ銃!」(ラッパ手、吹奏はじめる)
○ふちかざりの房だけ残した歴戦の旗。かかげる旗手。捧げ銃をする兵、兵、兵、ひげを蓄えた口元をひきしめる。
○抜剣と捧げ銃する部隊全員の大口ング。
「直れ!」(F・0)
(出発)
○(F・Ⅰ)指揮官にむかって、兵「頭、右!」
○出発合図とともにトラック隊、一斉にエンジンを始動。
○戦車隊「搭乗!」の声。一斉に戦車手のりこむ。一台に四名搭乗、鉄扉を閉める。エンジンの轟音と共に重戦車動き出す。
○そのキャタピラのアップ。
○飛行隊ー日本刀をもって複葉機の座席につく航空将校。
○双発機の空冷式エンジン始動、プロペラー気に全回転する。後方の高梁畑に強風があたる。横なぐりの風をうける高梁の穂、プロペラのアップ、その穂先のアップとエンジンのアップ。轟音と風圧の交錯の中、一転大ロングの滑走路を、爆撃機がとびたつ。あとを追って複葉の偵察機三機離陸、編隊を組みながら上昇する。
(徒歩行軍)
○またしても、地上の行進がつづく。(音楽、単調に)人馬と土ほこり。わだちのきしむ音と馬の蹄の音のみつづく。馬上の将校と歩く兵の列。
○トラック部隊がゆく。路上でのパンク修理。大きなチューブに自転車用空気入れ。
○通信隊が進軍コースにケーブルを仮設する。「日軍用」の標識を打つ。
○橋の修復工事に当る工兵。手斧での仕事。
○浅瀬を選んで渡河する軍用車やトラック。川石にタイヤをとられる。その石をとりのぞき車体を人力で押しあげる兵。すべって転ぶきわをトラックががぶりながら進む。兵たちは追いかける。(マーチ風の音楽がつづいている)
○軍荷を満載した荷車をひく馬。坂道を越える。兵は馬を助けながら歩く。数頭の馬にまたがり砲車をひく。そのあとを荷馬車押しの兵士たちが馳けつづける。
○おびただしい馬が漢口作戦に動員されている。馬の群の土煙りの中に兵隊がいる。
○広漠とした大陸の一本道をゆく人馬の列。日の丸の旗を後尾につけ将校用乗用車がゆく。
○その路傍に対輪を失った荷馬車の残骸や馬の肋骨が散らばっている。
○風にはためく日章旗のアップに0・Lして、
地図 武漢三鎮にむけて、揚子江の東と北からの数コースの進軍コースが示される。要衝、漢口間近に迫る動線。
(音は地図の中で、音楽から爆音と戦場音にかわり、次のシーンに0・Lする)
15 武漢を目前にして戦場の大ロング(注、このシーン一カットである)
隊列は広い風景の中、水辺のほとりに豆つぶのようにしか見えない。その兵の声。(遠方だがそのやりとりは明瞭である)
S・I 尖兵
○数人の尖兵たちは部隊の進撃路を探している。
○上官と尖兵の声。
「川は深くて渡れません。三方にトーチカがあります」
「トーチカ?」
「はい、トーチカがあります。山砲をさかんに撃ち出しています」
「”鉄砲”はどうしとる」
「”鉄砲”は今探しとります」
「川幅はどのくらいある?」
「約二キロぐらいあります」
「二キロぐらいー。漢ロは見えるか?」
「むこうにそれらしい家並が見えます」
「家並?よし、すぐ行ってみよう。舟を探しておけ!すぐ行くから」やがて列がつくられ、尖兵のあとをおって部隊が動き出す。軍靴のひびきがリズムをとる。蜿蜿と大ロングの中、進軍つづく。その行進の現実音が高まってF・0。
16 武漢に入る
(F・Ⅰ)
武漢
抗日くづるゝ日
(ミサ、祈りの歌の男女斉唱)
○青天白日旗のマークのみのアップに煙の影ゆれる。
○黒煙にさえぎられる太陽。洋館の影。(あおり)
○建造物の破片のちらばる舗装道路に黒煙の影。(俯瞰)
○太陽と洋館と黒煙のアップ。(ミサの声たかまる)
○漢ロ・中山路より市街のロング、そのかなたに数条の余燼。人っ子ひとりいない。
(租界にある教会)
○ロシヤ正教会の祭壇に燈明。キリストと使徒の画像がある。
○献ぜられたロウソクの列。
○聖像画のアップ。
○最前列、婦人ひとり聖像を見つめている。
○黙然とミサを聞くひげだらけの司祭。
○帽子に毛皮をまとった白系ロシヤ人の婦人と紳士、祭壇に対して立つ。
○ひっそりと入口のわきに佇むロシヤ人娼婦。
○祭壇全景。(注、ミサの録音はシンクロではないが忠実な現実音を採ったー瀬川)
○教会礼拝堂からネギ坊主風の尖塔、そして十字架へパン・アップ。(注、ここ漢口の外国租界は、戦火に無傷の一角であったー瀬川)
ミサの現実音かき消える。
○租界と漢ロの一般市街と高い障壁をなす柵の門が閉じられている。(音、静寂そのもの)
(一般市街地)
○日本軍の爆撃のあと。商店の外壁のレンガがくずれたまま無人の町となっている。(音、ほとんどサイレント)
○下町の階段ごしの路地。
○とりのこされた三匹の仔犬がかたまって身体をすりよせあっている。その鳴き声に力がない。
○閉じられた店の扉がこじあけられ衣類が散乱している。
○下町の商店街、軒をならべる大廈に鳩の声。遠くに野犬がうろつく。
○無人の大廈の屋根に群なす鳩とその声。
○仏教寺院。その入口の石像が懐いている。
○線香が数多くあげられている。(注、これは撮影のためで、参詣人のあげたものではないー瀬川)
○横倒しになった聖人像。
○漢口の駅。爆撃で破壊されつくされている。横腹をぶちぬかれた機関車、原型とどめぬ客車。どこからか赤ん坊の泣き声。やせた猫が食べものをあさっている。(注、十一月とはいえ、昼は高温多湿の漢口、死体が放置され死臭をただよわせる駅に、犬猫が屍体をあさっていたー瀬川)
○商家の壁に手書きで標語が書かれている。
「保衛武漢」(武漢を守りぬこう)
○目抜きの大商店街。店の正面を土嚢で天井まで塞いでいる。
(音のない世界に、オフで進軍ラッパと行進の音近づく)
○壁書きの抗戦標語「保衛大武漢」
○たべもの屋街の壁にも大書された中国語の標語。
○空洞化したビル街の大通りに落ち葉がしきりに散る。(軍靴のひびき、さらに近づく)
○ポスターの絵、堂々たる中国兵士、城砦の上に立つ図。「輸財輸物」「衛民殺敵」「散人侵略一日不止、我們抗戦一日××」の抗日の文字。(軍靴の行進の響き)
○ま白い杭と有刺鉄線で急造されたバリケードのある街角。そこに姿をあらわす日本軍の一部隊。ラッパ手二名を先頭に騎乗の将校三名、そして軍旗、兵隊とつづく。(ラッパは調子っ外れ)威風堂々全員着剣し、歩調をそろえているが、見物するもの皆無である。(F・0)
(入場の式典)
○漢口市街の俯瞰とパン。揚子江沿いの要衝の地であることが分る。
(軍楽隊のマーチ風の吹奏打楽曲にかわる)
○漢ロの代表的政庁(税関)、その前の広場。ギリシャ様式の円柱のそそり立つ建物。その石段に軍楽隊。部隊の先頭が姿を見せる。
(大ロングのフレームのまま数カット分をワイプして行進の進行の全容を示す)
○軍楽隊、行進する部隊、むかえる兵の群、すべて日本軍一色。日の丸と銃剣、軍馬と将兵で埋められる。(オフで時を告げる鐘の音)
○建物の尖塔の時計、十一時二十五分。
S・T
漢口江漢関の広場で
軍楽隊の演奏が
行はれた
○大ロング。軍楽隊のまわりを兵隊がとりかこむ。(スッペの「軽騎兵」、辻軍楽隊長指揮ー瀬川)
○舗道に座って聞く部隊全員のパン。
○鉄兜を背に、肩の力をぬいて耳をかたむける兵たち。汗顔と汗のしみ出た軍服の背にむらがる蝿、蝿。そのアップ。
○軍楽隊員の演奏。儀典用の新しい制服。まっしろい襟元。しわのないズボン。
○俯瞰で軍楽隊と指揮者。照りつける日差しを背と膝にうけてきく兵たち。その胸元の凹みに黒い影。何十人の兵の坐像に同じ凹みのパターン。
○再び大ロング。(0・Lとともに深みのある音楽に転調する)
○ほとんど無傷の下町の商店街。ロバの背に什器をつんで入る兵、数人。(注、ロバは現地で徴発したものだろうー瀬川)
○歩く兵の背嚢に映画女優(原節子)の表紙の雑誌。
○下町に入る三々五々の兵。中国住民の姿がここにはある。
○百貨商場(百貨店)をゆく。
○三階建のビル、英国系「香港上海銀行」からのぞく人。その尾上の地球儀と少年のシンボル像。
○銀行名などすべて英語である。英国の権益を示すよう。(当時、日支事変には第三者であったこの英国の銀行には日本軍たりとも一指も触れることが出来なかったー瀬川)
○兵士たちはもの珍しそうに、”横文字”の銀行をあおぎ見て通る。
○そのバルコニーに並べられた花の鉢。整然と並んでいる。その”外国”の庭。鉄柵の中一面に咲きみだれる花、花。
S・T
兵隊は
武勲を語らない
名誉を思はない
たゞ
大いなる事業を
果した後の
快い疲れを休めて
静かに楽しんでゐる
(音楽つづく)
○憩う兵たち。干し藁を尻に敷いて足をなげだしている。その足元のパン。先のほころびた軍靴と、かたくまかれた脚絆
○叉銃し、タバコをすう兵。
頬杖をつき押しだまるもの、頭をむしょうに掻くもの。坐禅中のように足を組んで動かない若い兵。
S・T
兵隊は
荒涼たる戦場を
超へて来たのだ
○鉄柵越しに満開の花をさしのべるダリヤ。
○あおぎみつめる若い兵。その澄んだ瞳。
○庭に咲く花々。
○花を追って柵ぞいに移動するカメラ。
(静かな音楽から街の音に変って)
○繁華街の元茶荘が酒保に代って、支給品をとりに来た兵がロバとともに休憩している。店の蓄音機が西洋のポピュラー曲を流している。すり切れた音色だが兵はホッとした顔で聞いている。
○(その音楽とテーマ曲が0・Lする)すりへった軍靴の鉄鋲、軍袴(ズボン)の膝の破れにあてたつぎはぎのアップ。
○戦闘服の肩から腰までのパン・ダウン。その肩はパックリと裂けたまま。
○接収した商家は軍馬の厩舎にあてられ、馬は干草を喰んで休んでいる。
○軒を並べた商店街が厩舎にかえられ、入口に馬の首がずらり。当番兵は破れた新聞から眼を離さない。
17 中国の人びとはー
(音楽転調する)
S・T
この日
早や裏町には
文字通り焦土の中に
うごめく
生活の意欲をみた
○瓦礫の中、かまどをつくり火をおこしながら、もえるものを探すソフト帽の男。やけあとから鍋を拾い、木片をあつめて倦まない。
○腕章や鉢巻をした中国の男たち。焼あとに物を探している。
○大ロングの中、再びソフト帽の男、焦土を足先で探りながら、何かを物色しつづけている。
○焼けのこりの看板「早逢春茶楼」
○有刺鉄線のバリケード沿いの路上で石けりをする子供のロング。
○そのバリケードがそのまま洗濯物の干し場に、漬物用の野菜干しに利用されている。(やや寄り目)
○日だまりの路上で喋り合う中年の婦人ふたり。
○纏足の足もとだけの四カット。気ぜわしげな足どりである。
○男の子、仔犬をかかえて路へ。その子のアップ。カメラに驚いている子ども。(ピンボケ)
(中国風を加えた音楽おわる)
18 終景
○時計台の鐘楼からの鐘の音が漢ロの街に流れてゆく。大ロング、俯瞰でみる武漢一帯。
○揚子江岸の港とその一帯にもやう砲艦のたたずまい。(注、外国租界の権益を守るため、外国の砲艦も混っているー瀬川)
(ラストの音楽おこる)
○逆光に映える大河の流れ、そこにぴたりと碇泊したままの各国砲艦のパンショットにー
S・T
戦ふ兵隊
終
(注、戦局は武漢攻略を境いに泥沼のような長期戦に転じたー瀬川)
(画面F・0し、タイトルだけ残り、消える。)
(協力)瀬川順一 楠木徳男 日本ドキュメントフィルム
(写真協力)東宝